週刊朝日2009年4月10日号
国民の99%は、この記事を読んでいないと思う…何せ発行部数でも26万部ですから。
週刊朝日2009年4月10日号
検察の劣化 検察よ、それならみんな逮捕するのか?
大山鳴動して秘書ひとりとは。政界を揺るがした西松建設献金事件の東京地検特捜部の捜査は、「国策捜査」と呼ぶにも気恥ずかしくなるほど迷走している。小沢一郎民主党代表(66)に関する事件は、公設秘書の政治資金規正法違反容疑での起訴でほぼ終結した。政治資金規正法という“ザル法”を伝家の宝刀のように振りかざす姿に、巨悪と闘うかつての検察の面影はない。なぜ、検察はここまで劣化したのか?
ジャーナリスト 松田光世
小沢氏の第一秘書、大久保隆規被告(47)の起訴容疑は、西松建設のダミーの政治団体からの献金と知りながら、他人名義の献金を受け取り、政治資金収支報告書に虚偽の記載をしたというものだ。「大山鳴動して秘書ひとり」とはいえ、それすら危うい。
これを裁判で立証するには、検察側が秘書の主観にかかわる微妙な認識の問題を証明する責任を負うことになる。虚偽記載罪が成立するにはこの場合、秘書が資金の出元が西松側だったことを知っていただけでは不十分で、「政治団体が実体のまったくない完全なダミー団体だと秘書が知っていた」ことを証明しなければならない。仮に、秘書が「西松の社員の政治団体で、実体があるものだと思っていた」という一点を主張し続けるだけでは、実は有罪にするのはかなり難しい。
最近になって、秘書が「大筋で」容疑を認めたとする報道もあるが、民主党側はこれを強く否定している。実際は検察が核心の供述を得られないまま、「見切り発車」で起訴に踏み切ったとしかいいようがない。
そもそも検察の狙いが、実は小沢氏本人の逮捕だったことは疑いようもない。秘書逮捕直後の小沢氏の“検察批判”の記者会見を聞いた東京地検幹部はオフレコ懇談で、「上まで行く」と自信に満ちた表情で語ったという。
それが「あっせん利得」での小沢氏本人の逮捕を指すものだと受け止めたからこそ、マスコミ各社は、小沢氏が今も東北地方の公共工事を牛身っているかのような“大本営発表”を報道し続けたのだ。
しかし、あっせん利得罪が成立するのは、小沢氏や秘書が「行政機関に対して不正な行為をするように」あっせんした場合のみだ。その後、捜査は当初の目論見とは様変わりの展開をみせる。
小沢代表の地元、岩手県で知事を95年から07年まで務めた増田寛也前総務相は、「自分は2期目の途中から小沢さんとは仲たがいして、事務所の人とも会っていない」と早々に地元紙のインタビューに答えていた。
実際、特捜部の捜査が進んでも、西松建設が受注した工事の入札関係者に対する小沢事務所の関与の事実は出てこなかった。
そこで、特捜部は方針を転換し、秘書を逮捕した政治資金規正法の虚偽記載に関する小沢氏の監督責任を問うため、小沢氏本人の事情聴取を検討した。しかしこれも、罰則を適用するには、監督責任だけでなく会計責任者に秘書を「選任」したことの不正の証明が必要になる。
実際には、秘書に前科があるとかの相当の事由がない限り、「選任の不正」の立証は困難である。結果的に小沢氏の事情聴取も見送られることになった。
慌てた特捜部は急遽、地方の検察庁から検事を増員して、岩手以外の東北各県の建設会社と入札関係者をしらみつぶしに捜査した。それでも、「不正なあっせんや談合に口出ししたような事実は、浮かんでこなかった」(捜査関係者)というのだ。
結局、最後に残ったのは、大久保被告の政治資金規正法違反(虚偽記載など)だけだった。捜査容疑が猫の目のように変わること自体が、検察の見込み捜査の失敗を端的に示していた。
だが、迷走した今回の捜査は、政治資金規正法の罰則適用のハードルを一気に引き下げた。収支報告書に記載された「表の献金」の虚偽記載だけでの摘発は初めてのケースだ。
事件化の判断は検察の裁量次第
従来検察は、日歯連事件で1億円のヤミ献金が問題になったように、終始報告書に記載されていないヤミ献金を摘発するか、表の献金の虚偽記載を突破口に秘書給与詐欺など別件を立件してきた。
麻生内閣、与野党幹部の政治資金規正法違反の疑いのある、主な事実を見てみよう(20ページの表)
自民党の細田博之幹事長は2004年、官房長官当時に発覚した日本道路興運からの運転手給与の一部肩代わり分を地元支部への献金だったと修正報告した件で、大阪の市民団体「政治資金オンブズマン」から東京地検に虚偽記載容疑で刑事告発されている。東京地検は、日本道路興運を「起訴猶予」にしているから、クロの可能性が濃厚だという判断だ。しかし、細田氏はなぜか嫌疑不十分で「不起訴」処分になっている。年間400万円程度のヤミ献金は取るに足らないということだろう。しかし法律違反や明白なヤミ献金が見逃される一方で、表の献金でも検察の裁量で今回のようにいきなり逮捕されるというのは、釈然としないものがある。
さらに問題なのは、別の法律違反が見過ごされたことだ。日本道路興運は、もともと自民党の政治資金団体「国民政治協会」に毎年400万円献金していたほか、小渕優子・少子化担当相らにも献金していた。そこに細田氏と同様に運転手給与を一部肩代わりさせていた塩谷立・文部科学相らの訂正分が加わった。結果的に03年は、同社の企業献金上限額750万円の倍に当たる約1500万円に献金額が膨らんでいた。明らかな、企業献金の総額規制違反だ。「報告書の修正の結果、献金総額が上限を超えた場合は、その時点で法律違反となり、
有罪が確定すれば献金は国庫に没収になります。」(総務省政治資金課)
しかし、このような官房長官らの明白な法律違反について、東京地検が丹念に調査して処分を決めた形跡はまったくない。
今回の捜査を陣頭指揮したのは、東京地検の岩村修二検事正と佐久間達哉特捜部長の
コンビだ。この二人は「国策捜査」のプロと言われているようだが、実際は「見込み捜査」のプロ。ともに大失態を演じた過去があるのだ。
98年に経営破綻した旧長銀の粉飾決算事件の主任検事が佐久間氏で、当時の大野木克信頭取らが粉飾決算の罪に問われた事件だが、08年7月、最高裁は逆転無罪の判決を下している。筆者は、国会議員の政策秘書時代に金融再生案などの議員立法を作成し、与野党の修正協議の事務局を務めた。一時国有化された銀行について、犯罪があれば立件することを法律で義務付けたことに基づくこの旧長銀捜査は、文字通り「国策捜査」だった。その立件意図は、4兆円もの税金投入を必要とするまでに、長銀の経営を破壊させた真犯人を捕まえることにあった。
しかし、彼らは支店に青天井の融資を認め、イ・アイ・イなどの問題企業に追い貸しを重ねた責任者ではなく、すでにボロボロになった旧長銀の当時の経営者を逮捕してしまったのだ。その経営陣の罪は問えないとした最高裁判決は妥当である。
銀行法や銀行経営について、特捜検事がもっと勉強していれば、こんな失態はなかったであろう。今回も政治資金規正法に対する根本的な理解不足が捜査の失敗を招いているのだ。 しかし検事個人の能力に帰せられることばかりではない。検察組織全体の劣化を痛感させられる出来事が02年に起きた。
4月22日、検察の調査活動費の裏ガネ問題を内部告発しようとした三井環大阪高検公安部長(当時。現在服役中)が、詐欺容疑などで逮捕された。実はその前日、筆者の手元には、三井氏本人からFAXで送られたB4数枚の裏ガネ関連資料が届いていた。
その翌日から、法務省刑事局の検事が連日、「質問取り」と称して筆者を訪ねてきた。
三井氏からどれだけの裏ガネ情報が漏れているか、採りに来ているのは明らかだった。
連日の‘雑談‘の中で、日頃から疑問だったことをその検事にぶつけてみた。
「検察は独自官庁。一人でも志のある検事がいるなら、法律上は証拠が揃えば、現職の
首相や大臣も逮捕できるはず。政治判断を加える検察首脳会議があるから過去一度も現職の大臣が捕まっていないのでは?」「・・・・」「時の権力とは闘えない。現職大臣は逮捕できないというのでは、巨悪と闘うとはいえない。それどころか検察不祥事を隠すために
内部告発者を逮捕する。あなたは胸につけている秋霜烈日のバッジに恥ずかしくないのか」
「・・・・」
西松マネーをめぐる検察の捜査は、現職の二階堂俊博経済産業大臣とその周辺の疑惑に向かっている。小沢氏の捜査が秘書一人の起訴に終わったことで、失われかけている「検察の威信」を取り戻そうとでもいうのだろうか。これ以上の‘検察の劣化‘を食い止めるのは、胸のバッジに恥じない一人の検事の志にこそかかっている。