週刊朝日2009年4月10号、NO4

東京地検の捜査はどこかおかしくないか。説明責任はどうなった?西松建設「違法献金」事件をめぐり、識者から「疑問」の声が続々と上かっている。検事の郷原信郎氏をはじめ、元東京地検特捜部長の宗像紀夫氏、評論家の室伏哲郎氏らが捜査の矛盾を喝破した。

民主主義を否定する特捜検察の横暴 日本は検主主義!?

桐蔭横浜大学法科大学教授、元検事 郷原信郎

政権交代を目指していた野党第1党代表の公設第1秘書を政治資金規正法違反容疑で逮捕した今回の事件は、極めて重大な政治的な影響を生じさせました。

しかし、検察は秘書の起訴を発表した3月24日の記者会見で、「政治資金規正法は民主主義の根幹に関わる非常に重要な法律であり、違反は重大である」というごく当たり前の一般論に終始し、事件の中身はもちろん、前提となる法解釈や違反の悪質性、政治資金規正法の罰則適用についての基本的な考え方など、重大な疑念についてまったく説明しませんでした。

何故検察は国民に何の説明責任も果たさないのか

説明もないまま、このような捜査がまかり通れば、政治資金規正法の罰則適用についてのハードルは大幅に下がり、検察がその気になれば、どのような政治家でも処罰できる、ということになってしまう。これは完全な民主主義の否定です。検察の権限が国会よりも上だ、という。検主主義”に陥ってしまっているのではないでしょうか。

私と同じく特捜部OBの堀田力氏は3月20日付の朝日新聞に。「検察に説明責任はない。政治資金規正法は汚職と同様、政治がカネの力でゆがめられることのないように、という国民の悲願に応える法律だ。だから検察は必要に応じて逮捕し、法廷で容疑の全容を明らかにするだけで良い」という見解を寄せています。

この考えは根本的に間違っている。政治資金規正法違反は、汚職と同列に位置づけられるものではありません。汚職は「金銭等の授受によって公務員の職務をゆがめた」というものであり、汚職政治家を排除することは、国民のコンセンサスが得られています。

しかし政治資金規正法は、政治家の政治活動がどのような政治資金によって行われているのかを透明化し正しい方向に導くための法律で、「賄賂」のように「悪」として規制するものではないのです。だからこそ法律の名称も「規制」ではなく「規正」なのです。政治資金の透明化という目的が他の手段では達せられない悪質な事案に限定して罰則を適用すべきです。

そもそも小沢氏の会計処理は本当に政治資金規正法違反なのか

検察は収支報告書の虚偽記載で起訴しましたが、政治資金規正法によれば、「寄付をした者」、つまり寄付の外形的行為を行った者を記載すればよいのであり、寄付の資金を誰が出したのかについては記載する義務はない。小沢氏の秘書が、資金が西松建設から出たものだと知っていたとしても違反にはならないのです。違反になるのは、寄付者が実体のないダミー団体で、それを小沢氏側か認識していた場合です。一部報道では「会員名簿の管理や献金などの事務手続きを西松建設社員が担当していたから検察は政治団体としての実体がないと認定した」とありますが、同じような政治団体は全国に何千、何万とあります。それらの団体もすべて実体がなく、虚偽記載ということになるのでしょうか。

なぜ小沢氏の秘書だけが摘発されたのか小沢氏の受けていた寄付が、隠れて業者から受け取ったカネ、いわゆる「裏金」だから悪質である、というのならわかります。しかし、小沢氏の受けた寄付は収入自体が隠されている裏金ではなく「表のカネ」です。

政治資金収支報告書の収入の総額には虚偽はありません。さらに、この寄付の名義になっていた政治団体は、小沢氏だけでなく自民党の多数の政治家に対して寄付やパーティー券の購入を行っていたわけですし、報道によれば、収支報告書の所在地の欄に西松建設の本社所在地を記載していたようです。とすれば、関係者のあいだでは、この政治団体からの寄付が西松建設からの寄付であることは明白だったわけです。本当に西松からの献金だということを隠したければ、下請け業者や取引業者を使って寄付をさせる方法もあったはずです。そウ考えると、寄付の名義を隠したことの意味はあまり大きくありません。どう考えても悪質な政治資金規正法違反事件とは言えません。

私は6年前、長崎地検次席検事時代、自民党長崎県連の違法献金事件を手がけました。最高検や法務省から強制捜査の了承をもらうためには、長崎県連のやり方が、一般的な政治献金の集め方とは違う特別な悪質性があることという高いハードルが課されました。単に違法だというだけで強制捜査を行うと、摘発可能な範囲が無限に広がり、収拾がつかない混乱を招くというのがその理由でした。長崎地検捜査班は、裏金寄付など悪質な事実を引き出し、その高いハードルを乗り越えて、政権与党の地方組織の集金構造にメスを入れる事件にたどりつきました。県連事務所や大手ゼネコンの本社などを捜索、パーティー券収入の裏金も含めて起訴事実で明らかにした裏金は1億円近くに上りました。長崎地裁の判決も、長崎県連の強引な献金要求を「近世以前の御用金や暴力団のみかじめ料のようなものだ」と断罪。捜査の過程で他にも、収支報告書の訂正だけで刑事事件の立件に至らなかった規正法違反は多数ありました。

検察はなぜ総選挙が間近と言われる今、摘発したのか

一説には、小沢首相誕生を阻むための「国策捜査」などとも言われていますが、私はそういうことが意図的に行われたとは思いません。西松建設関連の捜査で他に立件できる事件がなかった。その中で、単に小沢氏側の対応を見誤っただけでしょう。検察は小沢氏の秘書を逮捕すれば、小沢氏が辞職するだろう、という甘い見通しを持っていたのではないでしょうか。

3月8日付の産経新聞には、捜査関係者の話として。「特捜部は(資金管理団体の)陸山会代表としての小沢氏の監督責任についても調べを進めるもようで、(秘書が)起訴されれば小沢氏が議員を失職する可能性もある」という記事が載っています。しかし、監督責任はダミーの会計責任者を選任したような場合にしか適用されません。検察が監督責任で小沢氏を辞職に追い込めると考えていたとすれば大きな間違いです。

被疑者の逮捕、勾留が行われるのは、逃亡の恐れや証拠隠滅の恐れなど身柄を拘束する「必要性」と「相当性」がある場合です。しかし、「寄付名義の政治団体の実体がなかった」かどうかが争点なのであれば、客観的な事実ですから証拠隠滅の恐れはほとんどないといっていいでしょう。にもかかわらず、いきなり秘書を逮捕した検察の捜査手法には首をかしげざるをえません。

小沢氏が党代表を続投すると、この事件の公判に社会の注目が集中しますので、検察は何としてでも辞任に追い込みたいと思っているはずです。その表れか、秘書の起訴に合わせるかのようにNHKが「秘書が西松からの献金だと認識していたと虚偽記載を認める供述をしている」というようなニュースを流しました。

しかし、政治団体からの寄付が西松建設からの資金だったと認識していたとしても虚偽記載にはならないのですから、虚偽の自白報道です。さらに秘書側の弁護人もこの報道を否定しています。メディアは被告人から話を聞くことはできないのですから、この虚偽報道は検察のリークと考えるのが自然です。

検察は「特捜不敗神話」へのこだわりを捨て、今回の捜査の経緯を国民に説明すべきです。できないのであれば、国民に対して真摯に謝罪すべきです。そして、今回の事件を教訓として検察コンプライアンスを幹部から現場まで徹底していかなければなりません。

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