人間の顔、について。
最初の出会いの時…彼が、いつまでも社宅に居るのはいかんだろうと考えて、家と言っても…マンションですが…を購入する際に案内した時、3歩下がって師の影踏まず、そのもののようにして歩いていた奥さんを見て、僕は、心の中で涙を流した…武士の妻とはかくや…と感じたのです。
同時に、現代の侍とは、数万人の社員の命運を預かり、会社を過たず導く、その事だけを考えている本物のサラリーマンの中に居るのだと実感した。
彼は、歌舞伎役者の様な顔をしていたが、その表情に浮かぶ厳しさは尋常では無かった。
真の志を持ち…己ではない他者の幸福を考えている人間は、皆、誰をも納得させる厳しい顔をしているものだ…私たちの国のTV界のキャスター等と呼ばれる人間達の顔の対極に在るもの。
彼は、「芥川君、僕は同期の者に比べて、早い出世をしたと思うが、社長に成る気はない…上場企業の社長とはスケジュールも分刻みの大変な仕事だ…僕は、もう十分だと思う…自分の役割は果たしたと思っている…定年で辞めるつもりだ」と。
数年後、本当に辞めたのには驚くと同時に、流石の大人だなと、いたく感心した。
それから暫くして、弊社専務が、「○○さんが、日経に大きく載っているよ」
これだけの人物…無私の人です…を周囲が放って置く訳は無く、子会社の上場企業…これも名門企業です…の社長に就任した会見記事だった。
そこに書かれていた経営方針は、正にその通りというものだった…その会社は今、彼が舵を切った分野で、大きなシェアを占めている優良企業です…。
1993年にベストセラーと成った「日本改造計画」で提示した思索を、政敵、小泉純一郎に、見事な無節操振りで、完璧に剽窃された人間。
そのような政界にいる人間が、しかし、これも政治と歯を食いしばり、耐え忍ぶ。その様な世界を選択した人間の顔は、小学生、中学生の時には、少年らしい顔をしていても、風雪の顔に成るのは、当然だろう。
ましてや、この1,2年は、尋常ならざる迫害を受けたのだ…それにひたすら耐え、忍んだ人間の顔は、見栄えの良い、稚児の様な顔から、最も遠くの…幸せなままできた、巣鴨のお婆ちゃんが、見たくない顔(笑)等というのは当たり前なのだ。
彼は役者をしてきたのではない…この国に、真の民主主義を完成させるために…生涯をかけて来たのだから…巣鴨のお婆ちゃんが観たい、女形顔には、成りたくても成れなかったのだ。
©芥川賢治