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週刊朝日、2010年9月24日号 週刊図書館から。

清水義範 1947年、名古屋市生まれ、小説家

エロに脳天がしびれた

中学三年の時の同級生にませたのがいて、少年探偵団物でしか江戸川乱歩を知らないなんてお子様だねえ、と言うのである。そして「二銭銅貨」などの本格推理を紹介してくれた。それは私の読書の幅を広げてくれて、いい体験だった。ところがその男が私に、乱歩の長編小説を貸してくれたのだ。

二作品で一冊になった本で、ひとつは「三角館の恐怖」だった。それは問題ない。

だが、もうひとつの小説はとてつもないものだった。いわゆる乱歩の通俗エログロ小説で、中学生男子の私は脳天がしびれたようになり、一週間ぐらい心臓がフワフワして目もウツロだったのである。

それはまことにとんでもない小説だった。まず第一にエロである。肉感的な女が温泉に入るのを、主人公はのぞいたりするのだった。女は三助に全身マッサージをさせてねそべっている。

それだけでもう胸がドキドキした。こんなものを読んでいるのを大人に見つかっちゃいけない、と変にうしろめたい気分になる。だが読むのをやめることはできなかった。

やがて小説の中では殺人事件がおきる。それがなんだか、闇の中のおぼろな夢のように語られる。ねっとりとした文体には奇妙な魅力があって、死体だの、裸女の像などの話がダイレクトに官能を剌激してくる。

主人公は地下の洞窟に閉じ込められ、暗闇の恐怖にのたうちまわる。この小説はいったいどこぺ行くんだという心細さが襲ってくるのだった。

そして、奇怪な人物が出てきて、おぞましい体験談をポツリポツリ語り始めるのだ。船乗りが遭難して、救命ボートで四人の男が漂流し、やがて空腹のあまり人肉を食い始めるという話だった。

それ以来、人肉嗜好者となった犯人は、温泉旅館を経営し、美しい女を餌食にしている、という展開になる。

 子供心に、でたらめを書いているなあ、と思った。

読んだ人がヒヤヒヤした気分になることだけを狙って書いた駄作なのだ。
ただ、受けるショックはものすごくて、ただ圧倒される。

長らく、その小説の題名を忘れていたが、大人になって調べて「闇に蠢く」だとわかった。題名などどうでもいいくらいの刺激的な読書だった。

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