「自己愛過剰社会」J・M・トウェンギ、W・K・キャンベル著…日経新聞1月29日21面より
信頼関係回復へ「謙虚さ」提案 評・精神科医 香山 リカ
いまどきの就活で最も求められているのが「自己PR力」。自分がいかに個性的で特別な人間かアピールするため、学生たちは必死である。「私なんて」と謙虚で自己主張しない人材はこのグローバル社会では無用の存在、と企業も学生たちも思い込んでいるのだ。
しかし本書には、自己PR社会の象徴ともいえるアメリカの人たちが「自分を賛美したい気持ちが度を越し」だこと、そしてその過剰なナルシシズムが人々や社会にさまざまな弊害をもたらしていることが豊富な実例やデータとともに綴られている。まさに“アメリカ病”のカルテと言ってもよい。
著者らは、この厄介な病の根源にあるのは「自尊心とナルシシズムの混同」であるとして、それが蔓延した原因を「自己賛美を重視する風潮」「メディアによるセレブ崇拝」「インターネットが増長する注目集め」などと社会の側に求めて行く。言うまでもなく、これらのほとんどはわが日本社会にもあてはまることだ。
そしてさらに、この病が世の中にもたらした変化について解説が加えられるのだが、「深かった人間関係は浅いものになり、社会的な信頼関係が崩壊して、特権意識と身勝手さが増大した」とかなり深刻である。
しかし、著者らは悲観的な事態を語るばかりではなく、“治療法”も提案する。興味深いことに、それは「エゴを抑える」「人はみな同じと思う」など、かつての日本では常識とされた価値観や態度ばかりだ。
私たちは「誰もが自己肯定、自己主張できるアメリカ型社会を目指そう」と考えてきたのだが、当のアメリカの中で「自分のことばかり考えるのはやめよう」という変化が起きているのは、なんとも皮肉な話だ。
著者のふたりは心理学者だが、訳もこなれていてとても読みやすい。「あなたの夢は必ずかなう」と煽る自己啓発書を読む時間があったら、この本をじっくり読むほうが人生にも仕事にも、そして社会のためにもよほど有益だ。
「謙譲の美徳」がかろうじて生き残っている日本社会なら、まだ間に合う。“アメリカ病”陥る前に経営者、政治家から学生まですべての人に読んでもらいたい一冊だ。