春秋…日経新聞2月12日1面より
日本からみると地球のちょうど反対側。南米の大国ブラジルは遠い国だが、親しみを感じる日本人は多いのではないか。サンバの律動に体が弾み、熱帯雨林の深さに胸が騒ぐ。1世紀前の日系移民も、高鳴る思いで渡航したに違いない。
▼その子孫が、日本で苦しんでいる。円高や大震災で、製造業の仕事が減っているからだ。派遣労働者の身だから、リストラの対象になりやすい。バブル期に来日した出稼ぎの仲間が、ひとり、ふたりと帰国していく。子どもが日本に残りたいと泣いても、ポルトガル語で授業をする学校は、次々と閉鎖されている。
▼浜松市で同胞の法律相談に乗る日系人弁護士の石川エツオさん(50)はブラジルの中学の恩師の言葉を忘れない。「異国に住むのだから、日系人はブラジル人以上に努力しなくてはいけない」。それは移民への差別ではなく愛情だった。いまは浜松の日系人に「日本人以上に努力しなさい」と指導しているそうだ。
▼異なる生活習慣に戸惑いながらも、多くの日系人は、懸命に働き、まじめに暮らしてきた。人手が足りないと請われ、憧れて訪れた日本である。浜松の日系人は最盛期から半減した。第二の故郷に「もう要らない」と見捨てられた気分は、想像に難くない。懐が深い国と日本が呼ばれるのは、夢だろうか。