「経済大国インドネシア」佐藤 百合著…日経新聞2月19日21面より
広範で説得力ある新しい地域研究 (評)慶応大学教授 木村 福成
インドネシア通の方も、これまでインドネシアとは縁のなかった人も、現在のインドネシアを知るために、是非とも手にとっていただきたい本である。
著者の言によれば、日本にはまだ、「混乱と停滞」のインドネシアという暗いイメージを持つたままの人が多い。インドネシアの今を知ってもらいたい。この本では、その思いが、図表や資料・情報のていねいな作り込みに支えられ、説得力をもって展開されている。
まず、超長期の経済成長論の中での大国インドネシアの位置付けから始まり、巨大な人口ボーナスを享受できるこの国に何か必要なのかが論じられる。続いて、アジア通貨危機以降の民主主義体制の確立過程における複雑な政治状況が明解に解説され、その中でユドヨノ大統領の果たしてきた役割も跡づけられる。
2011年に打ち出された経済開発マスタープランの骨子をフルセット主義Ver.2・Oと名付け、大国は狭い産業に特化するのではなく、あれもこれもやったらいいという論理を、わかりやすく解説する。バークレー・マフィアとその末裔の話もおもしろい。経済学者が重用されたスハルト時代、アジア通貨危機以降のテクノクラート冬の時代の後で、燃料補助金カットを促進したハティブ・バスリ、官僚制改革と汚職撲滅に文字通り命をかけたスリ・ムルヤニの活躍が活写される。
インドネシアの産業人の進化も、華人と政治の関わりを含め、大河ドラマのように語られる。これを知らずして、インドネシアで商売はできないだろう。日本との関係についても考えさせてくれる。
インドネシア人の日常にある日本の存在。東日本大震災後の混乱を鎮静した在日インドネシア留学生協会の活躍。日本こそが変わらねばならないと教えられる。
著者は日本貿易振興機構アジア経済研究所の研究者。アジ研は徹底した現場主義と独自の視点の提供という伝統を継承してきたが、加えて著者は、広範で確固たる学術的背景をもって、一つの新しい地域研究の形を提示したと言えよう。
(中公新書・840円)
▼さとう・ゆり58年生まれ。上智大卒。インドネシア大大学院博士課程修了。81年アジア経済研究所入所。在ジャカルタ研究員などを経て、10年から同研究所地域研究センター次長。