朝日新聞というアジびらと原真人の似非モラリズム

朝日新聞社の記者たちが決して日本の最優秀層ではないことを初めて世界に発信した筆者が、日本社会のエリート層の進路、朝日新聞の天皇利用報道、原真人による安倍政権・日銀批判の論説、そして中国農村の極貧の現実と「低成長肯定論」との決定的乖離を対比させ、朝日新聞を「新聞ではなくアジびら」と断罪する告発論考。

朝日新聞社の社員たちが日本で最優秀な人間たちでは全くない事を私は世界に初めて知らせた人間である。
それどころか永江潔氏が長谷川煕氏との共著の中で、米国の調査では新聞記者と言うのは最も不人気な職種であると言及していた事が実態であることに間違いはないはずだ。
日本で最優秀な人間たち(私の同級生の真ん中から上半分)は日本を代表する企業(実業界)の経営者を目指す。
或いは霞が関や日銀に入って日本国のかじ取りを担当する。
それ以外の者達は、医者になる。
医者になって、病に苦しむ赤の他人を助ける。
新聞記者やテレビマンになどならない、と私は世界に告げた。
この新年、日本で最優秀な人間たちを筆頭にした、社会人の殆ど全ての人たち、つまり大人たちは、先ず、今年の日本の景気の動向を考えている。
或いはトランプの政策がどうなのかをかたずをのんで見守っている。
つまり経済と外交の行方を考えている。
日本社会の大人たちで朝日新聞を購読している人たちは、今日の朝日新聞を読んで呆れたはずである。
長年の朝日新聞購読者は皆、朝日新聞は天皇制に批判的な新聞であることを知っているはずだ。
朝日新聞が紙面に登場させてきた学者やいわゆる文化人たちで天皇陛下万歳という人間は一人もいなかったと言っても全く過言ではない。
ところが朝日新聞社には以前から妙なところがあったのである。
私は週刊朝日も一昨年8月までは長期間購読していたからよく知っているのだが、時折に出す皇室特集は、他社よりも豪華で皇室礼賛特集なのである。
多分、同種の他社発行物より断然売れていたはずだ。
今朝、朝日新聞社は日本国憲法が決して占領軍から押し付けられた憲法ではなく、自主的に作られた平和憲法であると国民を誘導するために、フロントページの大見出しで天皇を利用した記事を掲載していた。
今年の世界経済、特に米国と中国の動向、今年の世界の外交、特に米国と中国の外交(軍事戦略を含む)の実態を知りたいと思っている人たちは皆唖然としたはずである。
私の友人は、その事に唖然としただけではなかった。
経済担当主筆の原真人が安倍政権と日銀の政策(なんとしてもデフレを退治しデフレから脱却する政策)を批判する論説を、大きなスペースで掲載している態様を読んで、朝日新聞に対する軽蔑の極みのような感想を漏らしていた。
新年来、宵っ張り気味になっていた私は昨夜、中国の経済成長が高地の村にまで及んでいるか検証したという番組を観ていた。
7年前に彼らが訪れた時よりはマシになっていたと言ってはいたが、現在でも彼らの生活は赤貧洗うがごとしであると言っても過言ではない。
土間で、地べたに粗末な食器を並べて、地べたに座って食事をする。
取材対象だった家の息子は高校受験に失敗、赤貧洗うがごとしの人生を送って来た父親はすっかり落胆。
だがいとこの息子ふたりはめでたく合格。
親戚一同が祝福に集まる。
皆お金を持ち寄る。
それが子供たちの学費になるのだという。
私は知人を通して知っていた中国人の村単位での助け合いの事を確認する思いで観ていた。
豚肉と牛肉が一緒に振る舞われる。
彼等には1年に1度の大ご馳走である。
だがその料理が盛られる入れ物は、プラスティックの風呂桶。
地べたに並べられ、それを子供も大人も手づかみで地べたにしゃがんで食べる。
原真人の、「低成長で何が悪い」、「成長し続けることはできない」、などという似非モラリズムに満ちた論説を、私がどんな思いで目にしたかは言うまでもない。
朝日新聞で本物の記者だった長谷川煕氏が言及したとおり、朝日新聞は新聞ではない、アジびらである。
そのとおりなのだ。
彼らは彼らの歪んだ思想どおりに読者を誘導するために、紙面を作っている。
そのような態様がどれだけ幼稚で、どれだけ悪質であるかを彼等だけが知らない。
この稿続く。

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