“反発されたのは初めてだった”——決め言葉に支えられた日本人幻想の崩壊
日本を断罪する“決め言葉”を振りかざしてきた米国人は、後に史実を調べ日本側の主張が正しいと認めた。彼が語った「初対面の日本人は皆、申し訳ないと言う」という実態は、歴史を知らない日本の官僚・記者・駐在員たちが反論しないまま国際社会で誤解を固定化してきた構図を示す。高山正之は、この無知こそがプロパガンダを助長したと厳しく指摘する。
2016-01-06
以下は前章の続きである。
文中強調と*〜*は私。
この男とはのちに再会する機会があった。
彼はあのあと、フィリピンと朝鮮の歴史を調べてこちらの言い分が正しいのを知ったと、あっさり非を認めてきた。
そしてこう付け足した。
「初対面の日本人に朝鮮の植民地の話をすると、みんな申し訳ないという。そういう形で付き合いの主導権を取ってきた。反発されたのは今度が初めてだった」と。
日本人には有効な「決め言葉だったのに」と笑っていた。
ここで注釈をつけると、彼のいう「日本人」は新聞記者であり、総領事館のスタッフ、つまり各省庁からの役人であり、一流企業の駐在員など世論にコミットする世界の人々だ。
そんな彼らは朝鮮併合の中身も近代史も何も知らない。
特派員に至っては、そういうあやふやな知識しかないのに微妙な国際問題をさもまともそうに記事にしている。
*日経新聞の女性記者に対する私の厳しい批判が全くそのとおりであることを高山は証明していた*
この稿続く。