核兵器を放棄するときが、他国からの侵略を覚悟するときであるなら、核を保有するときが侵略の危険から解放されるときであろう

以下は、今日の産経新聞に、中国は「悪の枢軸」を手放せるか、と題して掲載された、湯浅博の論文からである。
湯浅博は本物のジャーナリストの一人である。
本論文は日本国民のみならず世界中の人達が必読。

この2月、国連本部の安全保障理事会議場前の壁にピカソが描いた巨大な「ゲルニカ」の複製タペストリーが再び掲げられた。
ピカソの代表作である「ゲルニカ」は1937年4月、内戦下にあったスペイン北部バスク地方の町がドイツ軍の無差別爆撃を受けた悲劇を題材にしている。
炎に包まれた女性がもがく姿や、息絶えた乳飲み子を抱く母親が絶叫する地獄絵は、いまのウクライナの惨状を映し出しているようだ。
プーチン露大統領はウクライナを攻めないと言いながら戦車とミサイルで攻撃し、軍事施設だけを狙うと言いながら、中高層住宅や学校を爆撃した。
「ゲルニカⅡ」の悲劇とその支援者
ピカソが憎悪した市民を巻き込む殺戮が、「ゲルニカⅡ」の悲劇として21世紀の世に起きた。
それでも爆撃音のとどろく首都キエフで「私は祖国を守る。この地がすべて」と語る26歳の女性の姿に心を打たれた。
戦後の日本人が喪失した祖国愛や使命感ではないか。
国連総会は3月2日の緊急特別会合で、ウクライナ攻撃を国連憲章に違反する「侵略」とみなし、領土と独立を武力で蹂躙したロシアを断罪する決議を採択した。
日米欧などの141ヵ国が賛成し、ロシアなど5ヵ国が反対、中国やインドなど35ヵ国が棄権した。
とりわけ中国は、「新たな枢軸」関係を結んだロシアによるウクライナ攻撃を、「侵略」と表現することを拒絶する。
中国外交は、建国後に当時の周恩来首相が掲げた「平和五原則」を踏襲して、他国の主権侵害や内政干渉を決して支持しないことを基本としてきた。
ロシアによる2014年のウクライナ南部クリミア半島併合を認めてこなかったのも、この原則によるものだったはずだ。
しかし、習近平国家主席の下では、主権擁護の原則より領土的野心の方が勝っている。
南シナ海や東シナ海ではその野心を露骨に追求し、インド国境を侵害、民主的に統治されている台湾に対して空と海から圧力をかける。
ロシアの「侵略」をなぜ非難しない
ラヂオプレスによると、2月24日の中国外務省の記者会見では、この「侵略」の定義をめぐって外国人記者と華春瑩報道官が火花を散らした。
AFP通信の記者が、「あなたは他国を侵略する際に、軍事目標だけを攻撃するのなら受け入れられると考えるのか」と詰め寄った。
華氏は不快感をあらわにして「侵略の定義は現在のウクライナ情勢をどう取り扱うかという出発点に立ち戻るべきである」とはぐらかし、ウクライナには「複雑な歴史的な背景があり、この局面の変化は誰もが目にしたいものではない」と煮え切らなかった。
国際法上の定義をいうなら、「侵攻」が目的を問わずに相手の勢力、領域を攻撃するのに対して、「侵略」は主権、領土、独立を武力で一方的に奪うことを目的とする。
従って、ロシア軍によるウクライナ攻撃は主権や独立を侵害する明確な侵略行為である。
ロイター通信の記者からは「では、侵攻を支持するのか」とさらに追及され、華氏は「そのような質問の仕方は嫌いだ」といらだちを示していた。
華氏は「中国側は当事者ではなく、一貫して和解を呼び掛けている」としたが、その裏で中国は、ロシアのエネルギーや小麦を大量購入。
日米欧による国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)からの露主要金融機関の排
除を受け、”抜け道”を提供する余地を残している。
米国に対抗する戦略的利益のため
その後、プーチン氏が「核の恫喝」を囗にしたことにより、世界は「手負いの熊」がいかに危険であるかを理解した。
「キエフ陥落」という悪夢がちらつく中で、先進7力国(G7)はロシアとの対決で結束し、北大西洋条約機構(NATO)は本来のロシア封じ込め戦略へと引き戻された。
中国だけはなお、米国に対抗する戦略的利益のために、中露連携の「新たな枢軸」を手放さない。
そのさなか、中国政府高官がロシア側に北京冬季五輪の終了までウクライナを侵略しないよう2月初旬に要請していたとの、米紙二ユーヨーク・タイムズ(3月3日付)の報道は衝撃的だった。
その根拠となる西側情報当局の報告書は、口シアのウクライナ攻撃の前に、中国当局がロシアの計画や意図をつかんでいたことを示唆するからだ。
北京は直ちにこれを否定した。
「2月初旬」といえば、プーチン氏が北京五輪に対する西側の外交的ボイコットを尻目に、北京を訪問した時期と符合する。
習氏との間で異常に長い共同声明をまとめ、「中露が互いの核心的利益を擁護する」として枢軸を形成していた。
中露は「世界が多極化し、パワーの変化がある」と米国衰退論をにじませ、新たな時代に入ったとの認識を示した。
米国を念頭に「外部勢力による干渉を排除し」かつ「NATOのさらなる拡大」に反対するとも書き込んだ。
両氏はさらに「両国の友情には限界がなく、協力に禁止区域はない」とまで言い切っている。
西側社会からみれば、自由主義国際秩序の破壊を目指「悪の枢軸」成立としか思えない
露との心中避け勝ち馬に乗る算段
中国にとりウクライナが巨額の投資をつぎ込んだ経済パートナーであっても、米国と対抗するためには、中露関係を優先すべきだとの考えに傾斜する。
台湾擁護の米国をはね返すには、彼らの力を西太平洋の「アジア正面」から、東欧の「欧州正面」へ分散させることが重要との考えだ。
とはいえ、ウクライナ侵略の共犯者としてロシアと心中するようなマネはできない。
西側がロシアの脅威をあおっていると非難しつつ、事態の早期沈静化を求める立場に終始する。
戦争の帰趨を見極め、勝ち馬に乗る算段であろうその中露枢軸と隣接する自由主義国家である日本にとって、ウクライナ戦争の教訓は、独裁者が「力は正義だ」と考える限り、条約も覚書も紙くずになりうるということだ。
1994年のブダペスト覚書は、ソ連崩壊時に独立したウクライナに対し、米・英露3ヵ国が安全保障を約束したものだ。
これによりウクライナは、すべての核兵器を96年までにロシアへ返却した。
ロシアは2014年のクリミア半島併合で、この覚書を死文化していた。
核兵器を放棄するときが、他国からの侵略を覚悟するときであるなら、核を保有するときが侵略の危険から解放されるときであろう。

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