教科書論争・土下座外交・田母神問題──すべてはWGIPに端を発している
1982年の教科書論争や中韓への屈辱的外交、田母神論文をめぐる政府の異常反応は、偶発的事件ではない。占領軍のWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)が日本社会に深く浸透した結果であり、その思想的連続性は村山談話に象徴されている。
2017-06-17
以下は前章の続きである。
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム、つまり日本人洗脳政策がいかに深く日本に浸透したかについては、江藤淳氏も前掲著の中で指摘しています。
《教科書論争も、昭和五十七年(一九八二)夏の中・韓両国に対する鈴木内閣の屈辱的な土下座外交も、(中略)本多勝一記者の“南京虐殺”に対する異常な熱中ぶりもそのすべてが、昭和二十年(一九四五)十二月八日を期して各紙に連載を命じられた、『太平洋戦争史』と題するCI&E製の宣伝文書に端を発する空騒ぎだと、いわざるを得ない》
なぜ、田母神問題で政府があれだけ慌てふためいたか。
それはほとんど謎と言っていいほどの慌てふためきでした。
自衛隊が決起しようとしている、というならば慌てふためいても当然ですが、空幕長が本職とは関係ない歴史観についてのエッセイを民間の懸賞論文に発表しただけです。
政府が慌てたのは、田母神氏の『日本は侵略国家だったのか』という問題を取り上げると、「村山談話」が出てこざるを得ないからだと私は思います。
「村山談話」は、自民党が立党精神を捨てて、自民党を止めたことの象徴だからです。
すなわち、自民党が社会党になると宣言したに等しいことが、田母神論文について論じていれば必ず表に出てくるからです。
そして「村山談話」に象徴される社会党の見解は、まさにウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムを受けた内容そのものなのです。
この稿続く。