マスコミは権力である――産経抄が突いた自己矛盾

古舘伊知郎降板発言や報道ステーションをめぐる言説を手がかりに、産経抄が暴いた「マスコミ萎縮論」の自己矛盾と、反権力を自称しながら自らを権力と認めない日本メディアの本質を論じる。

2016-04-03
以下は昨日の産経新聞の産経抄からである。
何が言いたいのかよく分からない。
3月31日にテレビ朝日系「報道ステーション」のキャスターを降板した古舘伊知郎氏は、番組の最後でこう述べた。
「人間は少なからず偏っている。情熱を持って番組を作れば多少は番組は偏る」。
「何らかの圧力がかかって辞めさせられるということは一切ない」。
自分と番組は偏っているが、辞める理由とは関係ないということか。
わざわざ最後に言い残す言葉かと当惑させられたが、このところ国会や一部新聞ではやっている「マスコミ萎縮論」を意識しての発言なのだろう。
高市早苗総務相の「電波発言」に抗議したジャーナリストの田原総一朗、岸井成格両氏らが3月24日、日本外国特派員協会で開いた記者会見も奇異に感じた。
彼らは一様に安倍晋三政権を批判しつつ、矛盾するような意見も強調していた。
「私に対して直接・間接の圧力は一切ない」と岸井氏は言い、「政治の圧力なんてたいしたことない。僕は首相を3人失脚させたが、圧力なんて何もない」と田原氏は語る。
だとすれば、がん首を並べて一体何を問題にしているのか。
ジャーナリズムは反権力であるというステレオタイプに現実を無理やり当てはめ、自家撞着を起こしてはいないか。
マスコミ自身が一つの権力であるという実態への自省は見えない。
思想家の吉本隆明はかつて、共産党による「小沢一郎=ファシスト」宣伝について、「同じ言葉を皆が言い出す状況こそ、よりファシズム的だ」と指摘した。
現在では、安倍首相がヒトラー呼ばわりされている。

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