「慰安婦強制連行」という虚構を否定する証言 ― 李命英教授が語った敗戦直後の真実
1992年にソウルで行われた取材を通じて、成均館大学教授・李命英の証言から「慰安婦強制連行」が虚構であると確信するに至った経緯を記す。
日本敗戦直後、ソ連軍進駐下の北朝鮮・北青で起きた実体験は、日本軍による組織的な「慰安婦狩り」像と決定的に矛盾している。
2016-06-30
以下は多くの日本人はこうして「慰安婦強制連行」という嘘話を無批判に受け入れたのではなかったか。 の続きである。
日本人だけではない。
『文藝春秋』の依頼で92年2月にソウルで取材したところ、当時を知る年長者たちは口をそろえて「強制連行などなかった」と語った。
特に、李命英・成均館大学教授の体験を聞くに及んで、私は「慰安婦強制連行」は虚構だと確信した。
李先生は、現在は北朝鮮となった咸鏡南道北青(プクチョン)出身で、北朝鮮が共産化された後に韓国に脱出した。
北朝鮮研究の大家で、私の師匠でもある。
取材に訪れると開口一番、「君、慰安婦の強制連行などなかったんだよ」と言い、日本の敗戦直後の次のような出来事を語ってくれた。
李先生の父親は医師で、北青にソ連軍が進駐してきたとき、小学校の日本人校長から手紙で秘かに相談を持ちかけられた。
北青にいた日本人は、その小学校に集められ、男女別に教室に入れられていた。
校長はソ連軍の隊長から「若い女を出せ」と命令され、地元の名士同士で交流のあった李先生の父親に助けを求めてきたのだ。
偶然にも、李先生の父親の病院に、ソ連軍の隊長が診療を受けにきた。
満州でレイプをしたらしく性病に罹患し、軍医にかかると出世に響くのでこっそりと民間の病院に来ていたのだ。
李先生の父親が、その隊長に「日本の女性は貞操観念がなく、危ない。着物の帯もすぐに枕として使えるようになっているほどだ」「安全なのは性病の検査を受けているその道の女性だ。そういう人たちにしなさい」と話すと、隊長はそれを信じ込み、「若い女を出せ」という命令は取り消しになり、花柳界にいた女性を探すことになったー。
当時京城帝大の医学部に在籍し、病院の助手をしていた李先生は、隊長の治療をしながら父親の話を聞いていたのだという。
もし朝鮮半島で日本軍が「慰安婦狩り」のような酷いことをやっていたとしたら、その日本人校長は朝鮮人に助けを求めようと考えただろうか。
またいくら医者であっても、李先生の父親は嘘話でソ連の軍人を脅してまで日本人を助けただろうか。
李先生の父親は、日本統治に積極的に協力した「親日派」ではなかった。
李先生は旧制高校時代、父親から日本の陸軍士官学校に行けと言われていた。
それはそこで軍事技術を学ばせ、その後、中国や満州でゲリラ活動をしていた「独立軍」に参加させようと考えていたからだった。
父親は日本と軍事的戦争をしてでも朝鮮独立を成し遂げたいと考えていたのだ。
にもかかわらず、その日本の女性が理不尽にソ連軍にレイプされることは許さなかった。
吉田清治が言っていた奴隷狩りのような慰安婦強制連行があったとは到底思えないのだ。
この稿続く。