圧力より危険な主義主張――秋葉原演説と「切り取られた反安倍」
都議会選挙前の秋葉原駅前における安倍総理演説は、少数の反対派だけを切り取ることで「反安倍世論が高まっている」という虚像を作り出された。本稿は、報道における編集方針が、圧力よりも危険なイデオロギー誘導へと変質している現状を鋭く指摘する。
2017-08-01
以下は前章の続きである。
圧力より危険な主義主張
加藤
映像の切り取りと言えば、都議会選挙前の、秋葉原駅前での安倍総理演説もそうだった。
「安倍やめろ」の横断幕を掲げてシュプレヒコールをあげていた一団は、報道エリアの隣にいた。
メディアはそこばかりクローズアップし、「反安倍の声が高まっている」と印象づけました。
都議会選挙前に、彼らの映像と安倍総理の「こんな人たち」と指差した映像ばかりがテレビで流されることになったわけです。
明らかに誘導した人がいて、数としてはそれほど多くないのにそこだけを切り取って、「反安倍の機運がこんなに高まっている!」とやった。
末延
安保法制の時と一緒ですよ。
あの時は「報道ステーション」なども現場に取材リポーターを派遣し、現地から「スゴイ熱気です!」と高揚した様子で報じていました。
加藤
当時、国会前に集まったのは「七〇年安保参加者の同窓会か」というくらい年寄りだらけだったのに、メディアは前のほうにいるSEALDSの若者ばかり映し、また取り上げていました。
末延
僕も金曜日、取材に行っていたんですが、なかには「あれって局や大学の先輩じゃないか」なんて人を見かけたり……。
たしかに、新聞にしろ、テレビにしろ、雑誌にしろ、ある程度の方針に基づいて編集するのは当然です。
それをどこで止めるかは、ジャーナリストや編集者の良心の問題になる。
ジャーナリストになるには資格も免許もいらないけれど、自分の立ち位置を常に確認して、どう表現し、どこまでやっていいかを良心に照らして考える自制心がなければならないんです。
加藤
でも、いまの左派メディアの関係者にはそんな良心なんてないよね。
末延
現場では頑張っている人もいるんですが……。
世の中の人は、古舘伊知郎さん時代の「報道ステーション」で、元官僚の古賀茂明さんが「I am not Abe」というフリップを掲げて番組を降板させられて「政権からの圧力があった」と言った。
だから世論一般では、「圧力はあった」ことになっていますよね。
メディアの人間も、「圧力を受けながらも健気に頑張っている」というスタンスを演出したがるようになった。
しかし僕自身は圧力をかけられたことなんてないし、仮に政治家や政府から何か言われれば言い返してきた。
むしろいまは、テレビや、資本関係でテレビのバックにいる新聞社こそが世論の方向性をリードしていて、「その意見と違うものは危険だ」という偏狭なイデオロギーに染め抜かれている気がします。
そのことのほうが危険です。
加藤
全くそのとおりですね。
この稿続く。