「同じ考えでない者は許せない」――左翼思想に内在する排除の論理

政治集会での言動や記者としての振る舞いを手がかりに、左翼思想に共通する「異論の排除」という思考様式を検証する。
東京新聞記者・望月衣塑子氏の発言と行動を通じ、意見の違いを許容しない体質が、言論や報道の場でいかに現れるのかを明らかにする。
2017-08-02
以下は前章の続きである。
最後の「権力を敵に回しても自分が出るしかない」というあたりには、自己陶酔すら感じられる。
望月記者は、菅義偉官房長官に対する歯に着せぬ質問の連発で名を売った。
会場の大拍手を浴びて、政権打倒のジャンヌ・タルクにでもなったつもりなのだろうか。彼女は、私を攻撃したこともある。
私が司会を務める番組「ニュース女子」の沖縄特集が騒ぎになったとき、彼女はソーシャルメディアで私を名指しして、「謝罪もせず問題をすり替えるな」とか「東京新聞の肩書を名乗ってほしくない。社を離れるべきだ」などと公言した。
私自身への批判については措く。
注目すべきなのは、後段部分だ。「東京新聞の肩書を名乗るな」という点にこそ左翼に共通するモノの考え方がよく出ている。
彼女だけでなく、左翼は自分たちと同じ考えでない人が近くに存在すること自体が許せない。
大袈裟でなく、左翼はそういうふうにモノを考える人々である。
彼女は「東京新聞は安倍政権を批判する新聞であり、それは正しい」と思い込んでいる。
それは、実は彼女の勝手な思い込みなのだが(東京新聞は彼女のものではないし、彼女が全権を握る立場にあるわけでももちろんない)、そんな新聞に左派ではない私のような人間が論説委員(当時は論説副主幹)として存在すること自体が許せないと思っている。
だから「社を離れよ」という要求になる。
この稿続く。

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