少数者として書くという自制— 西部邁とオルテガ、そして「ほんとうの幸せ」—

西部邁が月刊誌正論に連載した論考を手がかりに、
ホセ・オルテガ・イ・ガセットの「少数者」と「ほんとうの幸せ」の思想を読み解く。
実業の世界から言論へ至った筆者自身のエリート論との交差を描く。

2016-10-14.
世界中の慧眼の持ち主の読者は気が付いていたはずである.
私が、西部邁が月刊誌「正論」に連載している論文(全く読み易いものではない)を読みだした理由については.
例えば、或る号で、彼の妻が死んだことから書き出すとき、彼は、徹頭徹尾、オルテガが言うところの少数派の思索者としての自制の中で書いているのだが、私には彼がどれほど妻を愛していたかが痛い程分かる.
「オルテガが言うところの(ほんとうの幸せ)」、彼のこの言葉が私は気になっていた.
一つには、何度かyoutubeから貼り付けて世界に発信した徳永英明の歌「壊れかけのラジオ」の中のテーマの言葉でもあったからだ.
徳永英明は伊達にシンガーソングライターではないはずだから、オルテガの本を読んでいた可能性は、薄いが、あるはずだ等と考えたりしていたのである.
先日、「オルテガが言うところの(ほんとうの幸せ)」について、きちんと確かめようと検索してみたら、今は奈良大学の教授をしている大町公さんの論文が出て来た、「オルテガにおける「少数者]をめぐって」(奈良大学所蔵).
彼は京都大学文学部卒業の学者だった.
私は彼の論文を読んで思ったのである.
私の母校の恩師が私に「お前は京都大学に入って、京都大学に残り、その両肩で京都大学を背負って立たなければならない」と言った事は既述のとおり.
恩師は京都大学を志望していたのだが、様々な事情から東北大学に入り、私の母校(彼の母校でもある)で世界史の教諭となっていたのである.
私は、彼の私に対する進言は全く正しかった事を知った.
何故なら、実業家としての人生を送っていた私は、当然ながら言論界では無名の人間だったから、読者はご存知の経緯で、仕方なくインターネットの世界に登場した.
ほどなく、私はエリート論と労働者論を書いた.
それが、かつて誰も書いたものではない事、かつて誰も書けなかったものである事は、世界中の慧眼の士は気づいたはずである.
私はオルテガのエリート論に勝るとも劣らないエリート論を書いたのである.

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