この時なのである。何と!石平さんとばったり会ったのは。

2016年秋の京都紅葉巡りの記録。醍醐寺、天授庵、永観堂、東福寺、嵐山、常寂光寺を巡る中で起きた奇跡的な出会いと出来事。東福寺での石平氏との邂逅、嵐山でのセキレイとの不思議な体験、そして写真と記憶が重なり合う瞬間を克明に綴る。

この時なのである。何と!石平さんとばったり会ったのは。
2016-11-19。
先週末に小・中学校の同窓会に出席するために仙台に向かう前は、今年の京都の紅葉は今週末だと推測していた。それまでに嵐山などを訪れた感触で、今年の紅葉はちゃんとしている、去年の様な事はないと確信していたのだが。帰阪した数日後、一応、確認しておくべきかと京都の紅葉情報をチェックして見て驚いた。醍醐寺が見頃に成っていたからである。
醍醐寺と私のことは、ご存知のとおり。驚いて翌日早朝に醍醐寺に向かった。平日の早朝でもあったから余計に人が少なかった事も加味されたのか、これまででも最上級に良かった。
何時もの様に、醍醐駅前の素晴らしい大規模ショッピングモールの中で、美味しいトンカツ定食を摂る。ここの店は絶品と言っても良い美味しさ。キャベツ、ごはん、味噌汁がお代わり自由なのも良い。ゴマを擂り、店特性の二種類のソースと混ぜ合わせて食べるのだが、これが美味しいの何の。大満足して次の目的地である蹴上に向かった。天授庵と永観堂が見頃になっていたからである。関脇(大関)だが私の大好きな庭でもある天授庵から横綱永観堂に回った。流石に永観堂である。紅葉に酔った。ついの予定をカットして帰宅。
今度は、なんと東福寺が見頃に変わっていた。(東福寺は永観堂に比べたら少し遅れるのが通常だからである)。一昨日は午前中だけが晴天との予報だったから、早朝に東福寺に向かった。天気予報とは異なり曇り空。見頃一歩手前という感じで、同じ横綱である永観堂には少し及ばなかった。ここもまた勝手知ったる我が家の庭だから、目にもとまらぬ早業で瞬撮し、(写真は我ながら本当に素晴らしい)、あっという間に出口を出る。
この時なのである。何と!石平さんとばったり会ったのは。
皆が観に行く開山堂に寄ったら、或いは、新大阪からの出発時間がずれていたら。彼と会う事は絶対になかったのだから。奇跡的な偶然で彼とバッタリ出会った。私と石平さんの事を知っている読者は皆、単なる偶然ではないと思うはずだ。彼は私の事を知ってくれていた。私のタイトルとペンネームを話しただけで、彼は、「おお!」と頷いた。名刺を交換した後に、彼は「交流しましょう」と、大陸中国出身に相応しい積極性で私に言いました。彼に比べると私は引っ込み思案だなと瞬間思ったほどに。
東福寺から嵐山に向かったのですが、(私は嵐山には、今年だけでも80回は行っている)、ここでもただ事ではないことが起きた。いつもの同行者である親友が渡月橋の手前に在る本家櫻もち琴きき茶屋の前の歩道で驚きの声を上げて指を指す。何事かと見やればセキレイが私の目と鼻の先のひさしにいた。私も驚いて、いらっしゃいと手招きしたら、私の前にふらふらと舞い降りたのです。大勢の観光客がいる場所で、これはもう奇跡としか言いようがなかった。
いつもの場所で写真を撮った後に、私は、あれはただごとではないな、津波で死んだ私の母親が会いに来たか、或いは、週末の同窓会で、同級生が何と14人も死んだと聞いて私は本当に驚いたのだが、その中で、私がつらい思いをしていた高校生時分以降に親しく会っていた高橋君が会いに来たのかもとつぶやいた私に、親友は、「きっとそうでしょう」と答えた。
昨日は、本当の快晴だったから朝一番に石山寺に行こうと考えていたのだが京都駅で予定を変更して快速で嵐山に。紅葉の横綱・常寂光寺は色んな意味で今までの中でも最高だった。
朝早かったから人が少なかった事、快晴、見頃に成りたての紅葉は、今まででも最高の一つだった。だから、すべての写真が絶品。大画面TVで世界最高品質の機種の一角である私のSONYα99で撮影した「私の絵画」集を観て私は感動した。(呵々大笑)。
次章から、私が石平さんについて、言及して来た事を、再度、世界にお届けする。

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