ニュー・レフトが学界を制圧した日 ― ダワー一派に修正された対日・アジア研究
ニュー・レフトのジョン・ダワー一派がアメリカの対日・アジア研究を掌握し、従来の学問的枠組みを思想的に再編していった過程を検証する。
ニュー・レフトのジョン・ダワーたちが、アメリカの学会の対日・アジア研究を乗っ取ってしまった。
2016-12-12
ダワー一派に修正されたライシャワー路線。
福井。
伊藤先生が、一九六〇年代に出されたフレームワークは、それまでの一般的な意味での右と左、あるいは復古と進歩という横軸に、革新と現状維持という縦軸を加えた画期的なものでした。
この枠組みでは、通常の横軸で見れば、左右の両極として相容れないように見える共産主義と、いわゆる国家社会主義は、縦軸で見れば、革新あるいは革命勢力という点で同じグループなのです。
当時、多くのマルクス主義者が一転して天皇制ファシストになったことは、ある意味、自然なことでした。
先生がこの枠組みを提唱された後、同じような見方が、海外で全然違う文脈で注目されました。
ゼーヴ・ステルネルという、かつてフランスで活躍したユダヤ人歴史政治学者の手になる、『Ni droite ni gauche』(1983)という本があります。
タイトルは右でも左でもなくという意味ですが、世界的に話題になりました。
英語版も出ています。
彼はフランスを例に、従来の右とか左では理解できない、戦前欧州の政治状況について、重要な指摘をしています。
英国のように現状維持勢力である伝統的保守が強い国では、革命勢力であるファシズムが弱く、逆に、現状維持勢力が弱い仏独伊では、マルクス主義とならんでファシズムが大きな勢力となり、独伊では政権を取った。
革新と現状維持という先生の提唱された枠組と同じなんです。
先生の論文を読んだのではないか。
そう思わせるほど似ています。
先生は自著の英語版を出されてないですよね(笑)。
伊藤。
出していません。
ただ、英語になった私の論文という意味では、スタンフォード大学だったと思いますが、そこで行われた国際会議でスピーチしたものが英訳されていますね。
こういう見方をすれば、いろいろ見えてくるものがあるのではないか、そういう提案でした。
『歴史と私』でも書いたのですが、批判する人は、こっちを向いて批判するわけではなくて、自分の陣営に向かって批判を述べる。
伊藤のような人に騙されてはダメよとね(笑)。
無視する、黙殺するという批判のしかたもある。
この稿続く。