永遠の名作『銀河鉄道の夜』を書いた宮沢賢治も、この歌を聴いたに違いない。— 母を想う一節が呼び覚ました人生の回帰 —

ある歌の「一目会いたいお母さん」という歌詞をきっかけに、『銀河鉄道の夜』の宮沢賢治と自身の人生体験が重なり合う瞬間を描く。若き日の夜汽車での読書体験と、生きることへの回帰を通じて、文学が人を救う力を静かに証言する一篇。

永遠の名作である「銀河鉄道の夜」を書いた宮沢賢治も、この歌を聴いたに違いないと確信したからである。
2016-12-23
私は、この歌を日本国民の全てと世界中の人たちに知らせるべきであると思ってアップした時に、気が付いたのである。
それは、一目会いたいお母さん、という歌詞に差し掛かったからである。
永遠の名作である「銀河鉄道の夜」を書いた宮沢賢治も、この歌を聴いたに違いないと確信したからである。
私が、人生でたった一度だけ、自ら人生の舞台を降りようかと思ったことが在った事は既述のとおりである。
25歳の時だったと思う。私は長崎の佐世保に向かう夜汽車の中にいた。その時、私は何故か、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んでいた。
車両は満席状態だった。4人掛けのコンパートメントに座って読んでいた。
ページが進んだ。ジョバンニが「おっ母さんのために自分は何をしてあげられるんだろう」という場面が出て来た時の事だった。
私の両眼には涙があふれ出し、止まらなかった。
これではいけないと思い、私は、全く知らない途中の駅で列車を降りた。
誰一人いない暗闇のプラットフォームで私は涙が涸れるまで泣いていた。
その時に、私は、この世に戻された。
以来、私はただの一度も人生を降りようと思ったことはない。
宮沢賢治は、それほどに私には重大な人間だったのである。
だから私は、或る日、浮かんだ、芥川賢治という比類ないペンネームに対して。
底知れぬ悪、まもこしやかな嘘の国である、朝鮮半島に由来する悪で、汚して来た、これ以上ない悪辣、今、世界を危険に晒している悪辣と同根の態様を決して許すことは出来ないのである。
信長も秀吉も家康もそう言っている事は言うまでもない。

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