有権者全員は、雨にも負けず、風にも 大雪にも負けず でくのぼうになって 投票所に行かなければならない
投票しないという選択は、他人に日本の未来を明け渡すという意思表示である。
君が行かなければ、組織票が行く。
君が黙れば、媚中勢力が決める。
だから今、18歳以上の若者一人一人が、主役として投票所に立たなければならない。
これは思想の問題ではない。
責任の問題だ。
日本をどうするかを、他人に決めさせないための、最低限の行為が投票なのである。
日本の進路を決めてよい主体は、日本を愛し、日本の未来に責任を負う者だけである。
媚中・中国従属こそが本質であると言っても過言ではない公明党=創価学会が、日本の針路を左右してきた現実は、断じて容認できない。
彼らは日本を愛していない。
彼らが愛しているのは日蓮でも思想でもない。池田大作であり、その命令体系である。
そこに真の愛国心は存在しない。
存在するのは、中国共産党一党独裁国家の意向に沿って動くという、冷酷な現実だけである。
公明党という政党の本質は、宗教組織による政治装置であり、長年にわたり中国に取り込まれてきた池田大作の意思を継承する、親中政党であるという一点に尽きる。
それ以上でも、それ以下でもない。
このような団体が、低投票率を背景に、組織票によって国政に影響力を持ち続けてきたことこそ、日本が30年停滞してきた最大要因の一つである。
国民が投票所に行かなかった結果、創価学会と、連合に代表される左翼系組織票が、政治を歪めてきたのである。
彼らと通じていたと言っても過言ではないオールドメディアは、低投票率が続いてきた事を彼らの為に看過して来た。
低投票率=国民の痴呆化を促進してきたと言っても過言ではない。
日本中の有権者全員に告ぐ!
雨にも負けず(現代語訳)
雨にも負けず 風にも負けず 雪にも、夏の暑さにも負けない 丈夫な体を持ち
欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに(自分の利益を考えずに) よく見聞きし、分かり そして忘れず
野原の松の林の陰にある 小さな茅葺の小屋にいて
東に病気の子どもがいれば 行って看病してやり
西に疲れた母親がいれば 行ってその稲の束を背負ってやり
南に死にそうな人がいれば 行って「怖がらなくてもいい」と言い
北に喧嘩や訴訟があれば 「つまらないからやめろ」と言い
日照りの時は涙を流し
寒さの厳しい夏(冷害)は、おろおろと歩き
みんなに「デクノボー」と呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい
