美辞麗句で守り、訴訟で封じる――言論の自由を語る朝日の自己矛盾
言論の自由を掲げながら、自らに都合のよい言論だけを守り、不都合な言論は訴訟で封じる。朝日新聞の社説を例に、その自己矛盾と読者の信頼喪失を鋭く指摘する論考。
自分たちに都合のいい言論は美辞麗句を駆使して守るが、都合の悪い言論は裁判でただちに封じる。
2018-01-18
以下は前章の続きである。
「第4の権力」といわれ、日頃きれい事を述べたがる報道機関が、こういうことでいいのか。
朝日は、「こうはなってはいけない」という姿を指し示す並外れて優秀な反面教師だとつくづく感じる。
社説がブーメランに
それでは、そんな朝日は言論の自由についてどう位置づけてきたのか。
社説をいくつか紹介したい。
漫画「美味しんぼ」が、主人公が福島で鼻血を出したことを被曝に結びつけて波紋を広げた際には、こう戒めている。
「作品を取り上げて過剰に反応したり、大学の学長が教職員の言動を制限するような発言をしたりすることには、賛成できない」(平成26年5月14日付)
慰安婦報道をめぐり、元朝日記者が嫌がらせを受けたときにはこう記した。
「意見を述べ合い、批判し合う自由こそが社会を強く、豊かにする。戦後約70年をかけて日本が築きあげてきた、多様な言論や価値観が交錯する社会を守りたい」(同年10月2日付)
また、間違った記述が多数あった新書『日本会議の研究』に、いったん販売差し止めの仮処分決定が下された件ではこう主張していた。
「著者や出版社に損害を与え、萎縮を招くだけではない。人々はその本に書かれている内容を知ることができなくなり、それをもとに考えを深めたり議論したりする機会を失ってしまう。民主的な社会を築いていくうえで、極めて大切な表現の自由を損なう…」(29年1月12日付)
自分たちに都合のいい言論は美辞麗句を駆使して守るが、都合の悪い言論は裁判でただちに封じる。
そんな姿勢で、読者の信頼が得られるはずがない。
