「違うものは違う」と言う責務—姉妹都市解消を決断した政治判断—

慰安婦像問題をめぐる姉妹都市解消の決断と、その背景にある政治的責任を論じる。
地方自治体の長として批判を受けつつも、事実に基づき国益と市民の立場を守る判断の重要性を示す論考。

予想どおり慰安婦支援団体をはじめ立憲民主党、共産党の議員等々から批判を多く浴びていますが、
2018-01-19
以下は前章の続きである。
―よく納得できました。
吉村。
もう一つ大事な点は、市長としての私に課せられた役割です。
現に姉妹都市の関係にあるサンフランシスコ市が慰安婦像を建てたことに対し、現状の関係を続けることが正しいか、姉妹都市として大阪市民の税金を使うことが正しいのか、判断をする必要があります。
たしかに多くの人は軋轢や対立、批判を受けるのが嫌で億劫だから、「何もしない」ことを選ぶかもしれない。
しかしサンフランシスコ市の決定を黙認して、あるいは、いつものよくある「遺憾の意」を表したとしても、姉妹都市の関係を続けているかぎり、それはやはり「大阪市は慰安婦像の設置を認めた」という判断を下したと見なされるでしょう。
だから私自身、難しい政治判断でしたが「違うものは違う」といえなければ、選挙で選ばれた市長の名に値しない。
黙認が許されない以上、信頼関係が壊れた状態を続けるほうが問題であると判断し、解消を表明しました。
予想どおり慰安婦支援団体をはじめ立憲民主党、共産党の議員等々から批判を多く浴びていますが、批判を受けるのも私の役目ですし、それでも臆さずにいうべきことはいい、対処すべきことは対処します。
この稿続く。

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