備忘録④:公共電波使用料の異常な低さと日本の放送行政構造 — 田中角栄体制とオールドメディア形成の歴史的背景 —

日本のテレビ局が支払う公共電波使用料は、国際比較で極めて低い水準にある。
本稿は、その制度的背景と歴史的構造を再確認し、田中角栄時代の放送免許行政と政治・メディア相互依存体制が現在まで与え続けている影響を整理する。
公共電波の対価構造を検証し、日本のオールドメディア問題の核心を明らかにする論考である。

備忘録④。
公共電波使用料と日本の放送行政の構造について。
私は以前から、日本のテレビ放送局各社の公共電波使用料が、世界各国と比較して異常に低い水準にあると確信していた。
そして、その構造は田中角栄がマスコミ各社を味方に引き入れるために形成したものではないかと直感していた。
この件について、私は再確認を行った。
以下は、その整理である。

結論から言う。
日本のテレビ局の電波利用料が国際的に見て極端に低いのは事実である。
しかし、田中角栄が直接その料金制度を設定したという公的な証拠は存在しない。
これが、現在確認できる客観的状況である。

まず、日本のテレビ局が支払っているのは「電波利用料」である。
これは総務省の管轄であり、周波数割当の対価、そして電波監視や管理費用という名目で徴収されている。
だが本質的には、公共財である電波の使用に対する費用である。

ところが日本の制度は、電波の市場価値に基づく対価ではない。
あくまで電波監視や規正などの管理費用を賄う共益費として設定されている。
つまり市場価値ではなく、実費のみを徴収する制度なのである。

そのため、全国キー局クラスであっても、年間の電波利用料は数千万円から数億円程度に過ぎない。
巨大な広告収入と影響力を持つ放送産業の規模と比較すれば、極めて低い負担と言わざるを得ない。

海外を見れば、この構造の異様さはさらに明白になる。
米国では、周波数はFCCによるオークションで割り当てられる。
数百億円から数千億円規模の落札が珍しくない。
英国や欧州諸国でも、周波数利用料、免許料、公共サービス義務などを組み合わせ、高額の対価が支払われている。

つまり米欧では、電波は国家資産であり、高額の対価を伴う希少資源として扱われている。
それに対し日本では、電波は管理費負担のみという構造のまま固定されている。

この制度の原型は1950年の電波法にある。
GHQ統治下で制定されたものである。
当時は使用料はほぼゼロに近かった。

現在の電波利用料制度が導入されたのは1993年である。
細川政権期、郵政省によって制度が創設された。
ただし、この時点でも金額は極めて低く設定された。

したがって、「田中角栄が電波利用料制度を作り、低く設定した」という直接的な因果関係は成立しない。
制度そのものは1993年導入であり、年代が合わないからである。

しかしここで終わらない。
より本質的な問題は、制度の入口にある。

田中角栄は1950年代から60年代にかけて郵政族の中心人物であり、郵政大臣も務めた。
郵政は放送免許と周波数割当を掌握していた。
当時、テレビ局の免許や地方局新設は政治案件であり、放送局は政権依存産業だった。

角栄は放送免許行政を通じて、民放体制の骨格を形成し、政治と放送の相互依存構造を強化したと多くの研究が指摘している。
免許は政治とメディアの取引材料であり、非公開の政治慣行として運用されていた。
文書証拠が少ないのは、この種の政治が口頭と慣行で動いていたからである。

したがって整理するとこうなる。
角栄が直接電波利用料を低く設定したという確証はない。
しかし、免許行政を通じて放送業界の骨格と政治依存構造を固めたことはほぼ確実である。
その結果、既存局保護の構造が長期固定化し、電波の市場価値に見合う対価へ移行しにくい体制が維持された。

これが現在まで続く日本の構造である。

さらに、日本では放送が準公共機関として扱われ、記者クラブ体制や政府広報装置として機能してきた。
このため、電波は特権的に安価なまま固定化した。

総務省内部の研究会でも、日本の電波利用料が国際比較で極端に低いことは明言されている。
しかし既得権が強固であるため、抜本改革は極めて困難とされている。

本質は単純である。
日本だけが、公共電波という国家資産を、ほぼ無料に近い形で独占使用させている。
米欧では電波は国家資産であり、巨額対価が常識である。

この構造を理解せずして、日本のオールドメディア問題の核心を論じることはできない。
この稿続く。

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