このフェスティバルタワーの完成時期と北ヤードの事業が完成する時期が、ぴったり重なっていたのである。

中之島フェスティバルタワー完成と北ヤード事業の時期が重なる中、朝日新聞社が政財界・文化人・行政を巻き込み進めた影の演出と、その配役の実態を描く。大阪再生の核心をめぐる闘いの内幕。

2015-12-31

このフェスティバルタワーの完成時期と北ヤードの事業が完成する時期が、ぴったり重なっていたのである。
このフェスティバルタワーの完成時期と北ヤードの事業が完成する時期が、ぴったり重なっていたのである。
中の島と言う、梅田に比べれば圧倒的と言っても過言ではなく、そのロケーションにおいて、値打ちが劣る中之島に、朝日新聞社は、社運をかけた…自分たちの世論形成機関としての権力と、官公庁にまで張り巡らせた人脈を生かして、容積率1,000%を1,600%!にさせて、超高層ビルにした事が、その事を証明している…事業が、日本で超の着く一等地は、銀座と梅田しかないと私が明らかにした場所である梅田の最高の場所に、建つのがグランフロント大阪の1期、2期である。
朝日新聞社が社運をかけた中の島フェスティバルタワーへのテナント誘致は、このままでは困難を極める。
そこで朝日新聞社は、演出(但し、全くの黒子)として陰に隠れ、主演者に、中の島フェスティバルタワーを請け負った会社である竹中工務店出身者で、関西経済同友会の幹事として、北ヤードの事業計画の中心人物として存在していた、女性を起用したのである。助演者は時の内閣の私的機関の議長を務めていたオリックスの前社長、それと何も分からずに、…私とはビジネスで知り合った竹中の部長が上記の女性について「いわば爺殺し」と形容した、…その魅力を発揮され、籠絡されたのであろう、当時の、関経連の会長、
外野の有力応援団は朝日シンパのいわゆる文化人たちのなかの建築家である安藤忠雄や隈研吾。最大の主演者が当時の大阪市長だった男…しかも、この男は元毎日放送!のアナウンサーだった…である平松市長であることは言うまでもない。
この配役は、今の今、私がこうして明らかにするまでは、誰も知るわけもなく、流石の橋本氏も、私と同様に、全く知らずに、ワールドカップ誘致が、大阪再生に有効だろうと単純に考えて、当初、賛同していた。
それで、北ヤードが大阪再生の肝であることも分からないのでは仕方がないと、私は彼を見限っていた。
大阪も見限った、と言っても過言ではない。

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