こんな会社が日本の世論を形成するようなとんでもない構造を作った事が戦後日本の最大の過ちだったのだ。
2015-12-31
グランフロント大阪の成功が証明した北ヤード構想の正しさと、世論形成を握った企業構造が都市計画に与えた影響を検証する。戦後日本の都市政策とメディア権力の関係を鋭く描く一章。
大阪の官民の英知を集めて20年以上もかけて作り上げたから、戦後日本で行われた都市計画の中で最高と言っても過言ではなかったことは、完成後1年以上たっても、毎週末に40万人前後の来訪者が、グランフロント大阪に集っていることで証明されている。
同時にそれは、読者はとうにご存知のように、私が仕方なく、こうして登場する原因であった、北ヤードに対する私の論説が全く正しかった事も100%証明している。
さて、この北ヤードの事業計画が、大阪市民の全く知らない所で、混迷し出したことの真相に突然気が付いたことを先般書いた。
気づかせてくれたのは、月刊SAPIOに大前研一が書いていた容積率に関する論文だった。
そこに朝日新聞社が社運をかけた大事業である「中の島フェスティバルタワー」を建設する際に、容積率1,000%の地域なのに、管轄省庁に容積率1,600%!にアップさせることを認めさせた事を指摘し、ここの地盤は川沿いで堅牢な地域ではないから、容積率と地盤などは関係がないのだろうという指摘や、朝日の要望を拒絶したら、何を書かれるか分からないといったこともあったのだろう、と彼は指摘していた。
私は、その推測は100%正しいと同感する。
この事に関した事は後述する。
今、ここで突然な風に言えば、こんな会社が、日本の世論を形成するような、とんでもない構造を作った事が、戦後日本の最大の過ちだったのだ。
この稿続く。