マハティールの失望と再起—日本復活を見た老宰相—
マハティールは日本を軸とした東アジア経済協力構想を掲げたが、米国の介入と日本の追随によって挫折した。
さらに村山政権の歴史認識やアジア通貨危機が重なり、彼は政界を去る。
しかし15年後、日本が変わりつつあることを知り、再び首相復帰を決意する。
日本とアジアの関係の象徴として描かれる政治史の一断面である。
彼は日本がもはや村山富市や朝日新聞が大きな顔をする時代ではなくなったのを知った。
2018-01-25
以下は前章の続きである。
講演のさなかに「白人たちは席を蹴立てて出ていった」と後に朝日新聞主筆になる船橋洋一はずっとあとに書いている。
筆致は「アジアの小国のくせに白人を怒らせてどうするんだ」というトーンだった。
この講演に前後してマハティールは日本を中心に据えた「東アジア経済協力会議(EAEC)」の立ち上げを世界に問うている。
クリントンは日本の再興など許せないとAPECを使い、EAEC潰しに出た。
日本は尻尾を振って米国についていった。
マハティールは落胆した。
そのあと村山富市が訪ねてきて「日本軍が悪いことをした」と馬鹿を言った。
日本あってのアジアと思ってきたマハティールはこんな首相を見て、立ち上がれないほどの衝撃を受けた。
追い打ちをかけるようにジョージ・ソロスがアジア通貨危機を演出し、マレーシアを痛めつけた。
彼は失意の内に政界を去った。
それから15年。
彼は日本がもはや村山富市や朝日新聞が大きな顔をする時代ではなくなったのを知った。
EAECを思い立ったころ心に描いた日本が戻ってきたように見えた。
彼は今92歳だが、再び首相に返り咲く決意を固めたと新聞が伝えた。
下馬評ではその可能性は高いらしい。
もし返り咲いたら、まず日本の首相に会いに来るだろう。
きっと失望はしないはずだ。