日本史の三度の「国難」と現在の危機—白村江・黒船・敗戦を越えて
石平は、日本の歴史における三度の「国難」として、白村江の戦い、黒船来航、そして1945年の敗戦を挙げる。
それぞれの危機に際し、日本は国家体制を強化し、外圧に対抗するための改革を断行してきた。
では現代日本が直面する第四の国難とは何か。
それで戦後を迎えた。では、現在、日本が迎える危機は何か。
2018-01-28
以下は前章の続きである。
日本の国難
日本の歴史において今まで、「国難」と呼べるような事態を3回経験していると思います。
その一つが、白村江の戦い(663年。朝鮮半島の白村江で行われた、倭国・百済遺民の連合軍と、唐・新羅連合軍との戦争)。
朝鮮半島で敗北した日本は、「唐帝国が日本に攻めてくるのではないか」と思った。
そのとき、大和朝廷は都を琵琶湖周辺(近江京)に移しています。
さらに、対馬や北九州を中心に水城(福岡県の太宰府市・大野城市・春日市にまたがり築かれた、日本の古代の城)を築き上げ、瀬戸内海沿いの西日本各地に朝鮮式古代山城の防衛砦を築き、北部九州沿岸には防人を配備して国防体制を整えました。
さらに中国の律令制を導入、中央集権的な国家体制を固めたのです。
2つ目の国難が、黒船来航(1853年)。
海外の脅威を肌で感じた日本は西洋列強に対処するために、武士たちが立ち上がって明治維新を成し遂げました。
明治国家という中央集権体制で西洋列強に対抗しようとしたわけです。
そして、3つ目が1945年の敗戦でしょう。
アメリカに打ち破られて、日本は史上初、外国軍に占領されました。
それで戦後を迎えた。
では、現在、日本が迎える危機は何か。