仏教選択が決めた日本の独立性—儒教ではなく世界宗教を選んだ意味
石平は、日本が飛鳥時代に仏教を優先して受け入れたことが、日本の精神的独立を守ったと指摘する。
仏教は世界宗教であり、中国中心の秩序に組み込まれないが、儒教を全面的に受け入れれば日本は精神的属国となる可能性があった。
日本は仏教を日本化しながら独自文明を形成してきた。
また面白いことに、日本が仏教を取り入れてから、どんどん日本化していったことです。
2018-01-28
以下は前章の続きである。
なぜ、日本人は仏教を優先して導入したのか。
仏教は中国の宗教ではなく、世界宗教です。
しかも、仏教の世界では、中国は決して頂点でもナンバーワンでも何でもありません。
仏教の世界であれば、日本と中国は対等の立場です。
しかし、儒教になると、中国が頂点に立ってしまう。
儒教を全面的に受け入れてしまうと、日本は精神的に中国の属国になるしかありません。
もし、日本が儒教を優先的に取り入れていたら、二番目の朝鮮になっていた可能性が高いのです。
江戸時代まで、儒学は禅寺のお坊さんが遊びとして勉強している程度で、一般の人たちは誰も勉強していません。
仏教に対する崇拝のほうが強かった。
飛鳥時代に、仏教か儒教か、どちらを取るかで、日本は進路を決めることができたのです。
また面白いことに、日本が仏教を取り入れてから、どんどん日本化していったことです。
その始まりは平安仏教(空海・最澄)でしょう。
さらに時代を経て、鎌倉仏教で多くの庶民が受け入れるようになった。
この稿続く。