「拉致」か「密出国」か――報道の誤認が生んだ北朝鮮拉致の闇

宇出津事件で久米裕氏は北朝鮮による拉致被害者であったにもかかわらず、当時の朝日新聞は「密出国」と報道した。
この認識の誤りは、拉致問題の深刻さを社会に浸透させる機会を逸し、その後の被害拡大を招いた可能性がある。
報道の姿勢と国家認識の欠如が、北朝鮮の思惑を助長した歴史を検証する。

(久米裕さんが)朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作船で密出国していた事実が九日明らかになった。
2018-01-31
以下は昨日の産経新聞22ページに掲載された記事からである。
「拉致」ではなく、「密出国」と報じた朝日。
元産経新聞社会部記者阿部雅美。
1980(昭和55)年当時、宇出津事件があったことは一般には、ほとんど知られていなかったが、全国紙では朝日新聞が発生から2ヵ月後の77年11月10日付朝刊で報じていた。
ただし拉致事件としてではない。密出国事件だ。
《三鷹市役所の警備員 工作船で北朝鮮へ 能登半島から密出国懐柔?日本人では初》。
リードには《(久米裕さんが)朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作船で密出国していた事実が九日明らかになった》とある。
いうまでもなく、密出国と拉致とでは意味合いが全く逆だ。
百八十度違う。
警察、検察、そしてマスメディアにも拉致という認識が、かくも希薄だった。
周知のように国内での拉致には2つのパターンがある。
1つはアベック3組や横田めぐみさん、曽我ひとみさん母娘のように面識のない工作員たちが海岸近くで突然暴力的に襲って連れ去るケースで、私は「襲われ拉致」と呼んでいる。
もう1つは東京、大阪などで知り合った工作員に言葉巧みにだまされて連れていかれる「だまされ拉致」だ。
久米さん、後述する原敕晁さん、田口八重子さんらのケースが、これにあたる。
北朝鮮の思惑通り。
方法は違っても、どちらも拉致であることに変わりはない。
久米さんを密出国者とするならば、だまされた原さんや田口さんらも拉致被害者ではなく、密出国者となってしまう。
結局、拉致協力者(補助工作員)のRは出入国管理令違反罪では不起訴、外国人登録法違反罪は起訴猶予となり、釈放後に帰化して希望通り日本で生涯を終えることになった。
久米さんが密出国者ではなく、拉致被害者第1号と政府が認定していると分かったのは97年、事件発生から20年もたってからだった。
新潟の海から、横田めぐみさんが拉致されたのは宇出津事件のわずか2ヵ月後だ。
あのとき、キチンと事件処理をしていれば、その後の拉致は防げたのではないか。
悔やむ声が宇出津事件関係者の間には今もある。
突然、姿を消した久米さんを捜す人はいなかった。
失踪を怪しんで騒ぐ人もいなかった。
北朝鮮の思惑通りだった。
この稿続く。

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