朝日新聞は民族感情を煽る時だけ騒ぐ。高山正之が暴く慰安婦報道と反米報道の欺瞞。
2019年4月30日に発信した本稿は、戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之の著作をもとに、朝日新聞の慰安婦報道、憲法論、そして沖縄の米兵事件報道に共通する構造的欺瞞を批判した章である。
吉田清治の虚偽証言を三十年近く放置し、その派生的捏造を重ねた朝日新聞が、いまなお民族感情を煽る報道姿勢を改めていないことを指摘している。
また、押しつけ憲法を擁護しながら、他方では民族ネタを利用して反米感情や反日感情を増幅させる二重基準を描き出し、朝日新聞の根本的な体質を鋭く告発している。
2019-04-30
沖縄では年間60件の強姦が起きている。
ただ警察は発表もしない。
今回も泥酔者を親切にベッドで寝かしてやった犯人が日本人だったら警察が動いたかどうか。
以下は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之の最新著作からである。
朝日と韓国はこんなに似ている。
「吉田清治が済州島で朝鮮人女を狩り出し、慰安婦にした」という話は真っ赤な嘘でしたと朝日新聞がやっと認めたのは30年も経ってからだった。
その間、松井やよりが済州島を釜山に変えて「日本人巡査が朝鮮女を攫った」という捏造記事を書いた。
吉田清治スピンオフ作品第一号だった。
植村隆はソウルを舞台にして妓生と日本軍人の話を書いた。
スピンオフ第二弾だ。
そういう嘘の積み重ねを指摘したのが実は新聞でもテレビでもなかった。
首相就任直前の安倍晋三が「吉田清治というペテン師の話を朝日新聞が広めている」と記者が居並ぶ前で告発した。
メディアが政治を壟断してきた。
田原総一朗は首相のクビを何人も取ったと言った。
朝日も「安倍の葬式はうちが出す」と言った。
その首相から挑戦状を叩きつけられた朝日はこじつけでもいいから言い逃れを懸命に考えたが、ダメだった。
社長の木村伊量は結局、自分のクビを差し出した。
後を継いだ渡辺雅隆は慰安婦の嘘を産んだ大阪社会部の出身だった。
吉田清治を掘り出した清田治史は先輩で植村は同輩だった。
それで編集が嫌になったか、労務担当になった。
朝日を称して「アカが書きヤクザが売ってバカが読む」という。
そのヤクザを統括する役目だった。
新社長になったとき、嘘も気にしない「意識」と、裏も取らない「手法」を改めて「偏らない公正さ、多様な意見を入れる謙虚さ」を約束した。
しかし書く方のアカはその約束をどうしたか。
例えば編集委員の大野博人はマッカーサー憲法が公布された11月3日の紙面で「あの憲法を米国からの押しつけだから嫌だという人たち」を嘲笑った。
あの憲法のままでは将来への不安がある。
日本人が書いた憲法にすればいい時代が来るなんて「幻想」だと決めつけた。
人はいろいろな意見を持つ。
それを受け止めるのがこれからの朝日だと言ったヤクザの統括者の約束など気にもしていない。
押しつけ憲法でいいじゃないかという主張に朝日お抱えの憲法学者、長谷部恭男も座興を添える。
「米国が押しつけたのが嫌というなら明治憲法も押しつけではないか」と。
ペリーが押しつけたのかとびっくりするが、そうじゃない。
「憲法を作る権力を持つ主権者の国民に明治政府が押しつけたじゃないか」
網野善彦じゃあるまいし、日本の歴史に主権者なんて表現はなじまない。
百歩譲って押しつけだとしても明治政府は日本人が仕切っている。
マッカーサーの押しつけとは次元が違う。
長谷部にはその違いが分からないらしいから今年3月、那覇市のビジネスホテルで起きた泥酔婦女暴行事件を例にとってみる。
以下は朝日の記事だ。
「知人らと観光で沖縄を訪れていた40代の女性会社員が前夜、飲酒した後、宿泊先のホテルの廊下で寝込んでしまった。
目が覚めたら見知らぬ男のベッドにいた。
犯されてはいなかった。
抜け出して警察に通報し、見知らぬ男は準強姦の容疑で緊急逮捕された」
沖縄では年間60件の強姦が起きている。
ただ警察は発表もしない。
今回も泥酔者を親切にベッドで寝かしてやった犯人が日本人だったら警察が動いたかどうか。
状況も曖昧で現に犯人も部屋で寝ているところを捕まっている。
それを上記のように大きな記事にしたのは犯人が米国人だったからだ。
朝日は日本人では騒がないが、米国人だから騒いだ。
「米国人が日本人を犯しそうになった」と、民族感情に訴えた。
吉田清治の嘘を朝日新聞がでっかく書いたのは慰安婦にされたのが「朝鮮人」という設定だったからだ。
慰安婦が日本人ではネタにもならない。
「日本人が朝鮮人女を拉致した。
慰安婦にして、戦場で強姦した」と創ったからこそ慰安婦問題が大騒ぎできる材料になった。
朝日新聞はずっと民族ネタを大切にして、それで飯のタネにしてきた。
ただ憲法に限って米国人が書いても問題ないという。
この辺が民族派新聞になり切れない朝日の頭の悪さなのかもしれない。
(2016年12月1日号)
