「朝鮮半島で我々が陥った不幸な事態」— ジョージ・ケナンの警句と高山正之の韓国論
高山正之の著作序文をもとに、ジョージ・ケナンが朝鮮戦争を通じて到達した対日認識と、朝鮮半島をめぐる戦後秩序の破綻を論じた一章。
日本が朝鮮半島から退いた後に米国が直面した混乱、満洲国の崩壊、中国大陸の荒廃、そして日本が朝鮮と手を切る自由を得た歴史的意味を鋭く描いている。
2019-04-23
「朝鮮半島で我々が陥った不幸な事態は我々が日本をまったく理解せず、ただ日本を追い落とすことだけに固執したことへの皮肉な罰と認めざるを得なかった」
以下は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之の最新刊からである。
日本国民のみならず世界中の人達の必読の書である。
日本国民全員は今すぐに最寄りの書店に購読に向かわなければならない。
◎はじめに。
米国人の中にもたまにモノが見える人がいる。
ジョージ・ケナンもその一人だ。
米国が朝鮮戦争に巻き込まれ、共産主義勢力に追い立てられる状況に陥ったときに彼はこう書いている。
「米国が日本を中国、満洲、朝鮮半島から駆逐した結果は賢明な人々が警告した通りになった」
「今日、我々はほとんど半世紀にわたってこの地域で日本が担ってきた問題と責任を引き継ぐことになった」
引き継いだ途端、朝鮮人同士が殺し合いを始めた。
米国は五十万将兵を送り込み三年、鎮圧に努めたものの、朝鮮人二百二十万、米軍四万が死に、彼らが言う「日帝支配」に確かにあった秩序も豊かさも永遠に失ってしまった。
「朝鮮半島で我々が陥った不幸な事態は我々が日本をまったく理解せず、ただ日本を追い落とすことだけに固執したことへの皮肉な罰と認めざるを得なかった」
白人の思い上がりと人種偏見から引き起こした日米戦争は間違っていた。
朝鮮戦争での四万を超す米兵の戦傷死はその誤りへの罰だったとケナンは言っている。
朝鮮半島だけではない。
五族協和を実現した満洲国は殺戮と略奪で廃墟と化し、中国本土は共産党による二度のジェノサイド、即ち大躍進と文化大革命で荒廃した。
日本は多くの命を失ったが、それによって白人の植民地帝国主義に速やかに引導を渡し、アジアを解放した。
民族自決の波は遠くアフリカにも及び、世界で百を超える独立国家が生まれた。
人類の歴史から見れば、欧州の片隅で起きたルネッサンスなどとは比較にならない大いなる偉業だった。
それともう一つ。
日本にとっての細やかな幸せがある。
朝鮮と手が切れたことだ。
この国はまだ何やかや纏わりついてくるが、もはや内鮮一体のしがらみは解消できた。
日本は自由にあの国との付き合いをやめ、国交も絶てる自由を得たのだ。
あの国は関わった国をみな不幸にする特性をもつ。
例えば白村江の戦いだ。
発端は新羅にやられた百済が助けを求めてきた。
日本が出ていったら新羅でなく唐の軍勢が待っていた。
日本は唐と戦い、大負けした。
朝鮮人は自分たちの戦いまで他国に押し付ける。
ケナンが嘆いた朝鮮戦争も最初は北と南の争いだった。
やられた南が米国に泣きつき、北は中国にすがった。
気が付いたときは米中戦争になっていた。
戦争を他国に押し付けて暇になった南は李承晩ラインを引いて竹島を盗り、日本漁船を奪って四十四人も殺した。
小狡い癖にこの国は他所との戦争で勝った例がない。
いつも征服された。
ただ、どの国も支配したがらなかった。
唐は征服しながら都護府を維持できずに放り出して帰った。
先の大戦後、ソ連は北を取ったが、北方四島と違ってすぐ捨てた。
後を任された毛沢東も早々に手を引いた。
一刻も早くかかずらうのを終わらせたがっているように見えた。
例外は日本だった。
セオドア・ルーズベルトは朝鮮の民族性を見抜いたのか、国交を絶って「日本が背負うべき重荷」と言って押し付けてきた。
人の好い日本はこの国をまともにしようと内鮮一体、つまり併合して電気を灯し、鉄道を走らせ、学校を建てた。
室町時代から何度教えてもできなかった灌漑設備も作ってやって、恐らく彼らの歴史の中では初めての安らぎと豊かさのある三十六年間を与えた。
「古代に棲む」(古田博司筑波大教授)彼らの手を取って近代に導いてやった。
しかし、この国の民は好意を受けてもそれを悪意で返す「僻み返し」を特性とした。
戦後、彼らは「日本と戦った連合国軍の一員」を名乗り、日本に戦時賠償と謝罪を要求した。
まだまともだった野坂参三や鈴木茂三郎も立腹して要求を蹴った。
十年、放って置いたら謝罪も何もいらないからカネをくれと朴正熈が本音を言ってきた。
払う筋もないが手切れ金のつもりで彼らの国家予算の倍を与えた。
しかし彼らはその後も纏わりついて僻み返しを続ける。
大島桜と江戸彼岸を掛け合わせた染井吉野は「済州島が原産地だ」とか、日本刀も朝鮮人が生み出したとか。
今でも韓国陸軍は鍛鉄の日本刀を軍刀にしている。
朝日新聞の入れ知恵で売春婦は性奴隷だとも言い始め、売春婦の像を街角に建てて喜んでいる。
僻み心には恥が入る余地がない。
今は戦前、日本に出稼ぎにきた者が「強制連行されて賃金は未払いだ」と売春婦以上の嘘を申し立て、最高裁までお囃子方に回って日本企業からカネをせびろうとしている。
そんな国柄をあれこれ書くだけで筆が汚れるような気がするし、気分がいがらっぽくなる。
週刊新潮連載の「変見自在」はおかげさまで八百回を超えたが、そういう事情もあって、あの国のことはずっと敬遠してきた。
それでもあの国を真に理解するためにどうしても避けられないと思って綴ったコラムが三十本を超えていた。
あの国にどう対応するか、というか、いつ国交を絶つかを考える材料になれば幸甚だし、苦しんで書いた意味もあったというものだ。
2019年2月
高山正之