中国「反スパイ法」が示した異質な国家の本質—日中交流の危険と対中認識の再構築—
本稿は、2015年10月23日に発信した章をもとに、中国で日本人が相次いで「スパイ容疑」で拘束された背景を、石平氏の産経新聞論考を通じて読み解く内容である。
2014年に成立した中国の「反スパイ法」が、極めて曖昧かつ無制限な拡大解釈を可能にする条文を含み、その背後には習近平政権の「総体的国家安全観」があることを指摘する。
政治・軍事のみならず、経済、文化、社会、科学などあらゆる領域を「国家安全」の対象とみなすこの発想が、日本企業の経済活動や人的・文化的交流に深刻な危険をもたらすと論じる。
中国との交流そのものが危険を伴う現実を直視し、この異質な国家と今後どう向き合うべきかを改めて考えるべきだと訴える章である。
2019-04-22
そしてこの「反スパイ法」の実施をきっかけに、
われわれはもう一度、かの異質な国とどう付き合っていくべきかを考えなければならないのである。
2015/10/23に発信した章である。
先日、中国で今年4人目の日本人がスパイ容疑で拘束されているというニュースについて書いた。
この事が一体、何なのかについて…
ご紹介したSekiheiさん以上の解説をしてくれた新聞記事はない。
10月22日付の産経新聞、
SekiheiのChina Watchとして定期掲載されている論文からである。
題字以外の黒字強調は私。
「スパイ容疑」の疑心暗鬼
2015/10/11、
日本人女性が「スパイ」の疑いで、
中国上海で拘束されていることが新たに分かった。
2015年、
中国で同じ容疑で拘束されたり、逮捕されたりした日本人の数は、
これで4人となった。
かけられた「スパイ容疑」はそれぞれだが、
問題はむしろ、
2015年に入って日本人への「スパイ狩り」が急速に増えた背後に何があったのか、
である。
理由の一つは、
2014年11月に中国で「反スパイ法」が成立したことがあろう。
同法のスパイ行為の定義を定めた38条に
「(5)その他のスパイ活動を行うこと」
があるが、
問題はまさにこれだ。
この場合の「その他」はまったく無制限なもので、
いかなる拡大解釈も許してしまう危険な条文だからである。
つまり、
中国政府当局が
「それがスパイ行為だ」
と判定さえすれば、
どんなことでも「スパイ行為」だと見なされる可能性がある。
このようないいかげんな「反スパイ法」が出来上がった背景には、
習近平国家主席が2014年4月あたりから唱え始めた
「総体的国家安全観」
というものがある。
2014年4月15日に新設された中国中央国家安全委員会の初会議で、
委員会のトップにおさまった習主席は「重要講話」を行い、
「総体的国家安全観」
という耳新しい概念を持ち出した。
一般的に「国家安全」とは
「外部からの軍事的脅威に対する国家の安全」
という意味合いで理解されることが多いが、
習主席のいう「総体的国家安全」はそれとは異なる。
講話は
「政治安全、国土安全、軍事安全、経済安全、文化安全、社会安全、科学安全、生態安全、資源安全」
などの11項目を羅列し、
それらの「安全」をすべて守っていくことが
「総体的安全観」
の趣旨だと説明した。
つまり習主席からすれば、
今の中国は政治と軍事だけでなく、
経済・文化・社会・科学などのあらゆる面において
「国家の安全」
が脅かされているのである。
したがって中国は今後、
この「あらゆる方面」において国家の安全を守っていかなければならない、
というのである。
こうした考え方は、
もはや「草木皆兵」のような疑心暗鬼というしかないが、
2014年11月に誕生した「反スパイ法」は、
まさにこのような疑心暗鬼に基づいて制定された法律だ。
それは
「スパイ行為」
たるものを政治・経済・文化・科学のあらゆる面において拡大解釈した結果、
現場の国家安全部は結局、
本来なら「スパイ」でも何でもない行為を、
とにかく「スパイ行為」として取り扱うようになった。
今年に入ってから集中的に拘束されたりした邦人たちは、
まさにこのような拡大解釈の「スパイ狩り」の犠牲者だといえなくもないが、
問題はこれからだ。
「反スパイ法」下では極端な場合、
たとえば日本企業が販促のために中国で市場調査を行うような行為も、
中国の「経済安全」を脅かす
「その他のスパイ行為」
だと見なされてしまうかもしれないし、
中国に書籍やDVDなどの類を持ち込んだだけで、
中国の「文化安全」を脅かす
「その他のスパイ行為」
として疑われてしまう可能性もあろう。
とにかくこの「反スパイ法」の実施は、
中国国内で活動する日本企業の正常な経済活動に支障を来すことは必至であり、
日中間の人的交流・文化的交流の妨げになることは明らかだ。
このような状況下では今後、
日本企業と普通の日本人はまず、
中国とのあらゆる交流は「危険」を伴うものであることをきちんと認識しなければならないし、
必要性の低い中国入りは控えた方がよいのかもしれない。
そしてこの「反スパイ法」の実施をきっかけに、
われわれはもう一度、
かの異質な国とどう付き合っていくべきかを考えなければならないのである。