左翼メディアの無限の御都合主義を撃つ。―トランプ恐怖症に露呈した無思想の正体―
トランプ大統領就任をめぐる日本メディアの論調を手がかりに、彼らが抱える傲慢さ、反米と対米依存の矛盾、そして「左筋の弁証法的態度」とでも言うべき無限の御都合主義を批判する一文である。
中国との緊張や日米安保をめぐる報道姿勢を通して、自国防衛という国家の基本を忘れた戦後メディアの無思想ぶりを鋭く浮かび上がらせている。
2019-04-10
そこに在るものは、無限の御都合主義という無思想である。
古人曰く、末(梢)〔異常に〕大なれば、〔木は〕必ず折れ、〔動物はその〕尾〔が〕大なれば、〔自由に〕掉へず(振り動かせない)、と。
最新号の彼の論文は実に見事なもので、私は呵々大笑した。
と題して2017-03-07に発信した章を再発信する。
月刊誌WiLLを購読している方は良くご存知だと思うが、巻頭の連載コラムは大阪大学名誉教授加地伸行氏が執筆している。
最新号の彼の論文は実に見事なもので、私は呵々大笑した。
加地氏も時には私の論説を読んで呵々大笑しているかもしれない。
文中強調は私。
トランプ大統領着任という意外な展開となってきた今、メディアは右往左往している。
有り体に言えば、二種類の型。
一つは、馬鹿にしている。
いま一つは、怖がっている。
前者の一例を挙げると、トランプはビジネスマン生活を送ってきた人であり、政治についてなにも分っていない、との断罪。
これ、本気で言っているのか。
もしこの発言が妥当であるとするならば、〈生まれつき政治家〉以外、政治家になれないことになるではないか。
こういう調子になる。
彼は研究生活を送ってきた人なので政治は無能、彼女はお主婦さまだったので政治音痴、あの人は医者だったので政治は無知……と。
すなわち〈生まれつき政治家〉以外はだめだという話になってくる。
しかし、〈生まれつき政治家〉などという人種が、この世に存在するのか。
そんなものは存在しない。
どの人も生きてゆくために、それぞれまずは社会で働らく。
その内になにかの事情や本人の意志などがあって政治家になるのがほとんどである。
もし仮に十代で政治家志望をしたとしても、選挙の壁があり、そう簡単に政治家になれるわけではない。
まずは政治家秘書あたりからのスタートであろう。
しかし、政治家秘書は政治家ではない。
職業の一つであり、そこから出発して政治家になれるわけでもない。
次に、第二型。
すなわちメディアがトランプ怖ろしの気分にあること。
メディアは、政治批判が看板であるのに、政治の現況の変化を恐れている。
その恐怖感の極致こそ、まずは戦争の恐怖である。
ただし、中近東の騒ぎなどどこ吹く風、関心はひたすら東北アジア。
具体的には中国との軍事的緊張である。
もちろん、北朝鮮の核ミサイルも恐怖の一つであるが、それは抑えられるという〈希望的期待〉で話をごま化している。
韓国は日本に攻めこんでこないと勝手に決めこんでいる。
結局、中国との軍事的紛争という恐怖がある。
その恐怖がもし現実化したとき、トランプが日本側につくのかどうか不明という〈トランプ怖ろし〉気分がメディアにある。
情けない。
自国は自国が守るという国家の基本を心得ているメディアは少ない。
我が国への中国の侵略が発生したとき、大半のメディアは、日本の反撃など言わず、ひたすら日米安保条約の適用、つまりはトランプ大統領への哀訴を書きつらねることであろう。
以上のようなことを、老生、ここ1ヵ月のメディアの発言から受け止めている。
それを整理して言えば、メディアは、自分らは高級な知的集団で偉いのだ、トランプは無教養の愚者だと断ずる独りよがりの世界から発言していることに帰す。
その傲慢さから来るのであろう、自分らの意見の矛盾に気づいていない。
その矛盾は、日本の左筋の発言とみごとに重なっている。
例えばこうである。
メディアの大半は基本的に反米である。
これは、ナショナリズムからする反米ではない。
すでに崩れたが彼らの祖国(旧ソ連など)が屁理屈をつけていたアメリカ帝国主義反対の流れである。
つまりアメリカは帰れ、である。
*これらの全てが今もなお政治の世界で鮮明に生きているのが沖縄の現状であろう*
ところが、トランプ政策が、アメリカは世界の警察であることをやめ、アメリカ本土の繁栄にもどろうとする姿勢を打ち出してきたのを見るや、なんとアメリカの内向き(アメリカ本土中心)はいけない、もっと国際的になれと言い出している。
これは、アメリカ、居て頂戴、という話。
時にはアメリカ帰れ、時にはアメリカ居てよ、と自分の事情でくるくる立場を変え、それを矛盾と思わないのが、左筋の弁証法的態度である。
そこに在るものは、無限の御都合主義という無思想である。
古人曰く、末(梢)〔異常に〕大なれば、〔木は〕必ず折れ、〔動物はその〕尾〔が〕大なれば、〔自由に〕掉へず(振り動かせない)、と。