李朝末期のソウルの実相――イザベラ・バードが記した朝鮮王朝末期の荒廃
2019-05-21執筆。
英国人女性旅行家イザベラ・バードの『朝鮮紀行』に基づき、李朝末期のソウルがいかに不衛生で文化的魅力に乏しく、都市としての体裁を欠いていたかを紹介する一文。
同時代の日本の都市文化との落差を浮かび上がらせつつ、朝鮮王朝末期の現実を生々しく伝える論考である。
2019-05-21
ソウルには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。
他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。
古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく
李朝末期の朝鮮の姿。
と題して2012-08-22に発信した章がリアルタイムベスト10に入っていた。
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2011/01/post-40bd.htmlから。
以下は、英国人女性旅行家・イザベラ・バードの『朝鮮紀行』(Korea and Her Neighbours)に書かれている李朝末期の朝鮮の姿です。
都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。
おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。
ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。
蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。
周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。
ソウルには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。
*先週の土曜日に「ミナミがお笑いの街になった理由」と題したブラタモリを見た視聴者は、このようなソウルとは全く正反対に、同時代の日本は、千日前に出来た空き地に人を集める為に芝居小屋や見世物小屋を作ったのである。
それも道頓堀川から船で集客する様にして*
他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。
古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない。