憲法第24条と同性婚推進の矛盾。制度先行ではなく、まず憲法改正を問うべきである。
2019年5月10日発信。
同性カップルへの結婚祝い金支給制度をめぐり、日本国憲法第24条との整合性を問い、制度を先行させるのではなく、まず憲法改正の是非を正面から議論すべきだと訴える論考。
根本を変えずに運用だけを変える危うさを指摘し、同性婚推進派にも憲法改正運動への参加を促している。
2019-05-10
とすれば、同性婚推進派も自説を実現するために、自民党と肩を組んで共に立ちあがるべきであるぞよ。根本がなによりも大切ではないのか。
以下は前章の続きである。
憲法違反となる同性婚推進
老生、人の悪口ばかり言っている小人であるが、近ごろは、さらに歯止めが利かなくなってきており、このままでは、悪口暴走族となり、果てはお上の厄介になること必定。
その折は、読者諸氏にお助け乞いたい、と一筆。
で、安心して今回の悪口で見参見参。
平成29(2017)年11月18日付産経新聞(大阪版だけかも)に、以下のような記事があった。
誤解を招かないため、原文通りに引用する。
すなわち「兵庫県宝塚市は17日、職員互助会で実施している結婚祝い金5万円について、同性のカップルに対しても男女間の結婚と同様に支給する制度を今月から始めたと発表した。性的少数者(LGBT)に配慮した職場環境をつくるのがねらい」と。
驚いた。
オッサンとオッチャンとが結婚、あるいはオバハンとオバチャンとが結婚、それを認めるので、地方公共団体の互助会が祝い金を出すという話である。
となると、例えば、なんの恋愛感情もない男二人が共謀して、俺らカップルやと称して同居すると、5万円を得られる。
「公的機関が発行するパートナーとしての証明書」を出すだけでよく、戸籍への記入は現時点では法的にできないから、そんな証明書なんか簡単に入手できる。
そして同居の風して別居すればしまい。
そうだ、その数年後、別の男と共謀し、再婚ですと言えば、また5万円か転がりこんでくるだろう。
それを何度でも簡単にできるという理屈になるではないか。
なんと、この愚かな制度は、前引紙に拠れば「同様の制度は東京都世田谷区や岐阜県関市などである」とのこと。
本気かと問いたい。
もし同性の者すなわち男と男と、あるいは女と女とが婚姻の成立を主張したとしても、現在の法律では絶対に認められないのである。
その法的根拠は、日本国憲法にある。
すなわち、憲法第24条第1項を読むがいい、こう記されているではないか。
「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と。
続いて同条第二瑣には、結婚した者のさまざまな法律上の問題について、こう述べている。
「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と。
すなわち、憲法第24条の第1項第2項ともに「両性の合意……夫婦が……両性の本質的平等……」と、男女同権をもって結婚の条件とすると規定している。
どこをどう探しても同性の婚姻など認めていないのである。
すなわち、宝塚市をはじめ、東京都世田谷区・岐阜県関市は、憲法違反をしているということになる。
とすれば、憲法違反の下、故なく地方公共団体の互助会が祝い金を出すことは、公金の横領と言っていいぐらいの不正支出に相当するのではないか。
この点について、前記三地方公共団体は明確な返答を示せ。
待っているので、しっかりと正確に答えよ。
もし仮に、同性婚姻をどうしても成立させたいと思えば、方法はある。
すなわち前引の憲法第24条を改正することである。
憲法が同性婚を認めるならば、なんの問題もなかろう。
ぜひそうなるよう前記三地方公共団体関係者は憲法改正への運動を起すべきである。
それが筋というものである。
しかし、寡聞にしてそういう運動、が行われているとは聞かない。
それはよろしくない。
正しいと思えば、それを実行するのが、左筋の好きな〈市民の権利〉というものではないのか。
目下、自民党からの発議で、自衛隊の位置付けをするための憲法改正への歩みが始まっている。
これはおそらく百年に一度の機会であろう。
とすれば、同性婚推進派も自説を実現するために、自民党と肩を組んで共に立ちあがるべきであるぞよ。
根本がなによりも大切ではないのか。
古人曰く、一度その〔木の根〕本を動かせば、百枝[多くの枝]みな応ぜん、と。