国家の最も大事なことは、国民の生命と財産を守ることである。 それはイデオロギーを超え、「地球市民」といった美談仕立てのきれいごとや、情緒的なコスモポリタニズム(世界市民主義)よりも優先される、1ミリたりとも譲れない一線である。

「人口は武器である」…住民の流出と高齢化が著しい過疎の町村や首都圏の団地が狙われている昨今、かつての中国の最高指導者、毛沢東の言葉が不気味に響く
2019/02/19
以下は前章の続きである。
少子高齢化で国内需要が冷え込む中、観光立国を目指して2020年までに外国人観光客を4000万人呼び込み、外国人留学生を30万人受け入れる、という政府の施策を全否定するものではない。
しかし、政府・与党が威勢よく目標を掲げ、関係省庁が予算を獲得して数字の帳尻合わせに汲々とする姿は、あまりに省益優先で近視眼的に過ぎる。
外国人を「呼び寄せました、あとは知りません」では、この国を担う若い人たちを苦しめるだけだ。 
いま、顕在化しつつある問題は、欧米諸国が頭を抱えている移民問題そのものであることを日本政府はごまかさずに、きちんと国民に説明するべきである。
この国のあり方を根本的に問う移民政策が、国民不在のまま置き去りにされている。
筆者が現場に足を運んで実感するのが、国民が知らぬまに移民流入が解禁されてしまったという事実だ。
トランプ米大統領が物議をかもした移民問題は、日本人にとっても他人ごとではないのである。
目に見える国境だけが国境なのではなく、医療や教育制度、治安にかかわる法制度、その他数えきれないこの国の「ソフト」が、外国人移民の前にはころびを見せ始めているのである。 
安倍政権には、こうした問題に正面から向き合ってほしい。
憲法改正もある。
内外の諸課題は山積するが、国民生活に直結する移民問題の優先順位は、決して低くはないはずだ。 
政権批判もいい。
しかし野党も、閣僚や官僚、与党議員のスキャンダルを探してばかりではなく、移民問題のような国家の根幹に関わる問題について、国会で真剣に議論してもらいたい。
「人口は武器である」―。
住民の流出と高齢化が著しい過疎の町村や首都圏の団地が狙われている昨今、かつての中国の最高指導者、毛沢東の言葉が不気味に響く。
最近の200年間だけでも、50の国家や地域が地図の上から消えている。
チベット、ウイグル(東トルキスタン)、南モンゴル(内蒙古)―。
すぐ近くにある、これだけの国家が、中国共産党政権によって、民族浄化の危機にさらされ続けている。
2050年の近未来、西日本が「中国東海省」に、東日本が「日本自治区」に編入された極東の地図が、まことしやかに中国のネット上で取りあげられている。
今はまだ絵空事に過ぎないが、そういう白昼夢を見ている危ない隣人が近くにいるのも事実なのだ。 
習近平国家主席の言う「中国夢」が、中国が進める現代版シルクロード経済圏構想である「一帯一路」の名のもとでユーラシア大陸を席巻した元や清王朝の版図をも意味するものであるのなら、これは大変危険な発想である。 
例えば1995年、オーストラリアを訪問した中国の李鵬首相は、当時のキーティング豪首相に「日本は取るに足らない国だ。30~40年もしたら、なくなるだろう」と語っている。
戦後、驚異的な経済復興を成し遂げ、技術立国、平和国家として国際社会に貢献してきた国に対する嫉妬と警戒感が入り交じった本音だろう。 
軍事大国・中国の言う通り、日本も反戦平和のお題目を唱え、彼らと足並みをそろえて自らの力を削ぐことに血道を上げれば、2050年ごろには彼らの期待通りに世界地図から日本という国は消え、中国の一部となって2級市民扱いされているかもしれない。 
国家の最も大事なことは、国民の生命と財産を守ることである。
それはイデオロギーを超え、「地球市民」といった美談仕立てのきれいごとや、情緒的なコスモポリタニズム(世界市民主義)よりも優先される、1ミリたりとも譲れない一線である。

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