銅像が強要する「作られた画一的な記憶」

2019年11月2日発信。
韓国弁護士・金基洙氏の論考をもとに、慰安婦像や元労働者像が韓国社会においていかに「作られた画一的な記憶」を強要する装置となっているかを論じる。
不法に建てられた銅像を行政が放置し、政治家が除幕式に参加することは、法よりも一つのイデオロギーが社会を支配する全体主義への分水嶺であると指摘する。

2019-11-02
銅像を建てることがなぜ全体主義につながるかといえば、銅像が不法に建てられて、それが放置されているというのが全体主義に向かう一歩で、そこが分水嶺であり。
以下は前章の続きである。
作られた画一的な記憶
朴槿恵政権時代も慰安婦像などが次々と建てられており、現在の文在寅政権が左派だから銅像が増えているというわけではないと思います。
銅像を建てているのは政府ではなく、民間ですから。
ただ、韓国社会全体が、親日派の清算がまだできておらず、清算せねばならないという強迫観念にとらわれています。
その強迫観念にとらわれていることが全体主義への傾向だと思います。
銅像を建てている勢力は「全国民主労働組合祀連盟」(民労総)という左派の労働組合ですけれども、その銅像を建てることで彼らは利益を得ています。
銅像を建てることがなぜ全体主義につながるかといえば、銅像が不法に建てられて、それが放置されているというのが全体主義に向かう一歩で、そこが分水嶺であり、そういう点で大田市の銅像は法律違反なのです。
ところが法に反して銅像が建てられたにもかかわらず、市長と市議会議長が除幕式に参加したのです。
全体主義とは何かというと、一つのイデオロギーがすべてを支配することです。
旧ソ連の場合は革命というイデオロギーでした。
韓国で今、起きていることは「親日は清算されなければならない」という一つの考えが法律を超えて社会を支配しようとしている、これが全体主義で、そのことがまさに大田で起きてしまいました。
だから私は全体主義への分水嶺を超えた、とみているのです。
一方、アメリカでも慰安婦の銅像が建てられています。
それはアメリカの法律に反するものではないかも知れませんが、銅像を建てることによって日本人を刺激し、日本人の嫌韓感情が高まる。
それによって韓国での親日清算という枠組みを強めようとする目的があります。
つまり在外韓国人のための銅像ではなく、日本人を刺激するための銅像なのです。
アメリカでも、リンカーンやワシントンの銅像はありますが、これはその人たちの名誉を讃えるものです。
しかし慰安婦像や元労働者の銅像は日本人を刺激するためということに加え、その時代を知らない韓国の若者に痛みを再現し、怒りと睨いの感情を持たせるという、間違った歴史認識を注入する道具になっているのです。
韓国には百年以上前、美しく発展していた朝鮮王朝に無理やり日本が踏み込んできて、自主的な発展の芽を踏みつけたというような歴史観があります。
日本さえ入ってこなければもっと素晴らしい近代化ができたとする歴史観で、その背後にあるのは排外主義です。
李朝末期に大院君が「衛正斥邪(鎖国攘夷)と言いましたけれど、そうした拝外思想が現在の「徴用工」豫設置の背景にあるのです。
当時の労働者はお金儲けのために日本に行ったのですが、そうした要素はすべて排除して、ただ奴隷のように苦しんだと言われている。
これは排外主義がなさしめている主張なのです。
韓国国民に注入しようとしている「作られた記憶」は実はただ一つのものであり、他の記憶の存在を許さない、反論を許さない記憶であり、それこそが全体主義であって危険なのです。
作り上げられた記憶だからこそ、反論は許されません。
歴史認識だけではなく、文政権には全体主義を目指している兆候がいろいろあります。
憲法では「国民は幸福を追求する権利がある」と書かれています。
その幸福追求権はそれぞれの個人の権利であるはずですが、「国家が個人に幸福をあたえてやる」との発想で、国家が作り上げる幸福を国民に与えるという政策を採っている、それも全体主義・画一主義です。
高齢者や認知支援を行う「コミュニティ・ケア」というものに多額の予算が投入されていますが、それはコミュニティー(地域)に個人をしばり画一的な幸福を国家が提供するという発想で、この政策にも全体主義の傾向がみられます。
ファシズムの一番重要な要素は「人間の考えを一つに結び合わせる」ことで、特に考えの中でも「過去の歴史観」を一つにしようとすることは非常に危険なことだと思います。
この稿続く。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください