李登輝訪日を妨害した親中派の実態――阿比留瑠偉が暴く政官界に残る中国浸透力

2020年1月30日発信。産経新聞に掲載された阿比留瑠偉氏の連載コラムを引用し、台湾の李登輝元総統が退任後初めて訪日するまでに、日本政府内の親中派政治家や外務省チャイナスクールが中国に配慮して繰り広げた妨害工作を検証する。森喜朗首相、河野洋平外相、福田康夫官房長官、田中眞紀子外相らの対応を通じて、政官界に残る中国の工作力と浸透力への警戒を促す。

2020-01-30
筆者は当時も首相官邸を担当しており、李氏を敵視する中国に日本政府が配慮、忖度して繰り広げたドタバタ劇を取材していたからである。
以下は、今日の産経新聞に、政官界に根強く残る親中派、と題して掲載された、現役最高の記者の一人である阿比留瑠偉の連載コラムからである。
彼の存在と、彼の見識もまた、今、産経新聞が最もまともな新聞である事を証明している。
台湾の李登輝元総統の実像に迫る本紙の連載『李登輝秘録』を読んでいて、平成13年に退任後初めて訪日を果たすに至るまでの曲折を検証した26、27両日付朝刊の記事が、特に興味深かった。
筆者は当時も首相官邸を担当しており、李氏を敵視する中国に日本政府が配慮、忖度して繰り広げたドタバタ劇を取材していたからである。
露骨な妨害工作
当時、「親中派」と呼ばれる中国寄りの政治家も外務省のチャイナスクール(中国語研修組)も、今より思い入れたっぷりに中国側に肩入れしていたし、世論も中国に甘かった。
それを思うと、まだまだ不十分とはいえ、日中関係もだいぶ正常化してきたと感じる。
あの頃は、民間人となった李氏の病気治療目的の来日でさえ、露骨な妨害工作が行われた。
当時の森喜朗首相は、その前年から李氏を受け入れる意思を外務省や首相経験者、側近らに伝えていたにもかかわらずである。
李氏の訪日のための入国査証(ビザ)申請は、外務省の親中派によって、申請も受理もなかったことにされかけた。
申請が隠せなくなると、横井裕中国課長(当時、以下同)は、申請書類は「形式要件を欠いていた」と事実ではないことを述べてごまかそうとした。
また現役のチャイナスクールトップだった槙田邦彦アジア大洋州局長は、自ら首相官邸などに「李氏は元気だ」「李氏が治療先として希望している日本の医師は『自分でなくても治療できる』と言った」「台湾の医師会が訪日に反対している」といった誤った情報を流した。
「対応を誤れば日中関係は10年は後戻りする」
チャイナスクールの外務官僚らは、与党幹部にこう説いて回った。
槙田氏が、中国に太いパイプを持つ野中広務元官房長官を足しげく訪ねる姿も目撃された。
さらに親中派で知られる河野洋平外相は森首相に対し、一時はビザを発給するなら辞任すると抵抗し、こう訴えたという。
「30年間、親中一筋でやってきた私の立場はどうなるのか」
ところが、この時は珍しく、普段は中国に不都合なことは書きたがらない社も含めてマスコミの論調がほぼ一致していた。
在京各紙の社説は一斉に、李氏訪日を人道上認めるべきだと書いたのである。
このとき、やはり親中派の福田康夫官房長官が、定例記者会見で次のように言い放ったことが忘れられない。
「李氏を来日させて、何かあったら皆さん方新聞のせいですからね」
警戒すべき浸透力
だが、実際はたいしたことは起きなかった。
確かに中国は日本を強く批判したり、予定していた中国政府高官の来日を取りやめたりはした。
だが、森氏の後継の小泉純一郎首相が靖国神社に参拝すると、中国の対日批判の矛先は専らそっちに向かうようになった。
その小泉政権下でも、これまた親中派の田中真紀子外相が日中外相電話会談で、今後は李氏から訪日申請があっても認めないと独断で伝えるなどの事件があった。
現在では外務省もかなり変わったし、このような親中派による極端なまでの中国擁護や、中国べったりの言動は比較的目立たなくなった。
とはいえ、まだまだ政官界には、中国に取り込まれたかのような意見を持つ者は少なくない。
中国の工作力と浸透力は、いくら警戒してもし過ぎということはない。
(論説委員兼政治部編集委員)

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