長居植物園 2023年6月16日――紫陽花と蓮、そしてチャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲》

2023年6月16日に撮影した長居植物園の紫陽花、蓮、アオサギの写真223枚による映像作品。
チャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲》に重ね、自然の美、写真の力、演奏の天才性が響き合う36分30秒の作品として公開する。

2023.6.16の長居植物園も本当に素晴らしい。
223枚。
これは1枚8秒以上として発信すべき。
6/26までのコンサートの予習は終了した。
さて、と思っていた時に、この長居植物園、特に紫陽花は史上最高級の一つ…私は7/22に、神戸に、中野りな:大フィル:チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲を聴きに行く。
Himariの演奏があったはずと思ったのだが、9歳の時の第一楽章だけが出て来た。
日本人の演奏を使用したい。
加藤知子:井上道義:新日本フィルが出て来た。
私は、厳選クラシックチャンネルで、彼のインタビューを視聴してとても感銘を受けた。
簡単に言えば、天才は天才を知る、「眺望」が機能しだしたのである。
私は彼の演奏は一度も聴いた事が無い。
加藤知子さんも全くの初見…だが、彼が選んだ独奏者なのだから、ただものであるはずがない。
これにしよう、そう思って聴きだした。
最初の一音で、先日、沖澤のどか:NHK響:プロコフィエフ:古典交響曲を聴いた時と同様に、今度は、井上道義の天才を認識した。
2023.6.16。
この日もアオサギは蓮の花の上で私を出迎えた。
この日の長居植物園には、ただ美しいという言葉では足りないものがあった。
紫陽花は、雨の季節の花でありながら、湿り気だけではなく、光を抱いていた。
色彩は沈まず、むしろ深く息づいていた。
青、紫、白、淡い紅。
それぞれが別々の表情を持ちながら、全体として一つの交響的な風景を成していた。
蓮の花の上にいたアオサギは、まるでこの作品の始まりを告げる存在だった。
自然は時に、人間のために配置されたかのような一瞬を見せる。
だが、それを作品として受け止めることができるかどうかは、撮る者の眼にかかっている。
この223枚は、単なる記録写真ではない。
長居植物園という場所が、この日にだけ見せた精神の姿である。
そこにチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が重なる。
この曲は、甘美な旋律だけで成り立っているのではない。
歓喜、孤独、情熱、誇り、そして生命そのものの躍動がある。
その全体を36分30秒という時間の中で、写真と演奏が互いに高め合っていく。
写真が演奏に従うのではない。
演奏が写真に従うのでもない。
写真も天才。
演奏も天才。
天才と天才が、同じ時間の中で響き合う。
だから、この作品には、単なる映像作品以上のものがある。
2023年6月16日の長居植物園。
紫陽花。
蓮。
アオサギ。
そしてチャイコフスキー。
この四つが一つになった時、私は、また一つ、私自身の作品世界における決定的な到達点を見た。
演奏=映像時間は36分30秒。
素晴らしい作品である。
撮影日時:2023年6月16日

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