人民より国家体面――矢板明夫が暴いた習近平中国の本質

月刊誌「正論」に掲載された矢板明夫氏の論文をもとに、中国共産党の新型コロナウイルス対応を検証する。武漢で感染が拡大していたにもかかわらず、当局は情報を隠蔽し、医師や市民を沈黙させ、人民代表大会など政治日程を優先した。人民の命より国家体面を重視する習近平体制の本質を問う。

2020-03-02
人民より国家体面――矢板明夫が暴いた習近平中国の本質
以下は三月二日に発売された月刊誌「正論」に、「習近平が重視する『人民より国家体面』」と題して掲載された、世界有数の中国通である産経新聞外信部次長、矢板明夫氏の論文からである。
日本国民は九百円を持って、今すぐ最寄りの書店に購読に向かわなければならない。
世界中の人達には、私の英訳をベースにして伝える。
誰もが、中国共産党に対して許せない怒りを覚えるはずである。
そして、彼らに操縦されてきた国連の態様に対しても、同じ怒りを覚えるはずである。
それにしても、習近平に率いられた中国共産党の一党独裁体制は、史上最悪であると言っても全く過言ではない。
こんな国に、お金のためになびく国際社会に対して、朝日新聞はお得意の「清貧の思想」を説教しなければならない。
朝日新聞は、一刻の猶予もなく、中国と、その追随国に対して、清貧の思想を説かなければならないのである。
矢板氏は今回、中国の新型コロナウイルス対策を検証している。
結論を先に言えば、中国の対応は、でたらめであり、後手後手であり、公益に対する正しい理解がないまま、横暴だけが継続している、ということである。
発信源となった湖北省武漢市で、初めて感染者が確認されたのは二〇一九年十二月八日だった。
その後、市内の病院では、感染者が少しずつ増えていった。
一部の中国メディアは、武漢で原因不明の肺炎患者が確認されたと小さく伝えたが、詳しい報道は全くなかった。
十二月下旬になると、市中心部の華南海鮮市場周辺で感染者が多く見られたことから、感染源はこの市場ではないのか、という憶測がインターネットを通じて広がっていった。
この市場では、食用ヘビ、ウサギ、コウモリなどの小動物が売られており、感染症の発信源である可能性が強く疑われた。
市当局も、その頃には既に感染が拡大していることを把握していた。
にもかかわらず、市当局は、メディアにも医療関係者にも、情報を一切外に漏らしてはならない、と箝口令を敷いたのである。
実は武漢市では、日本の市議会にあたる人民代表大会が、一月六日から十日まで開催される予定だった。
さらに一月十一日から十七日には、武漢市が属する湖北省の人民代表大会が続く。
そこでは、地元共産党執行部の一年間の活動、執政方針、予算などが審議される。
地方指導者にとって、議会の評価は今後の昇進に関わる。
議会開催前に感染症が大流行しては困るのである。
日本ではまず考えにくい話だが、今回、武漢市が肺炎の感染者について発表しなかった最大の理由は、「指導者の都合」だったと言われている。
日本なら、このような場面で隠蔽すれば、激しく指弾され、責任を問われる。
だが、中国当局者は決してそうは考えない。
庶民の暮らしを第一に考えることなど、まずない。
むしろ、自分の保身を優先し、庶民を置き去りにすることに、躊躇も抵抗感もない。
武漢市は十二月末になって、ようやく海鮮市場を閉鎖した。
だが、ほかの対策はほとんど取らなかった。
彼らがしたことは、肺炎が流行っているという情報をインターネットに流した人間を、警察が摘発することだった。
二〇二〇年一月一日、市の公安当局は、インターネット上に事実でない情報を公表し、転載したとして、医療関係者八人を処罰したと明らかにした。
八人は呼びつけられ、長時間取り調べられ、反省文を書かされた。
厳重注意の後に釈放はされたが、当局はメディアに対して、デマを広め、秩序を乱す行為は許されない、という趣旨の声明を出した。
病気のことをインターネットに書けば犯罪者にされる。
そうした恐怖心が、武漢市民に植え付けられたのである。
この光景から、政府や官憲の動きをチェックし、批判するメディアの存在が、いかに大きいかを考えさせられる。
日本のメディアにも問題はある。
だが、中国当局者が、問題を解決せず、問題を提起した人を処罰する、住民目線なきやり方に明け暮れるのはなぜか。
それは、中国には当局の横暴や至らない点を批判的に論評し、監視するメディアが全く存在しないからである。
中国国内で重大な問題が起きると、中国の知識人は米政府系ラジオ放送「ボイス・オブ・アメリカ」をチェックする。
中国当局の発表よりも、米国側の情報の方が、ずっと正しく有益だと彼らが考えているからである。
今回の新型コロナウイルス感染による肺炎でも、米国大使館の感染情報がチェックされ、親戚や友人に転送されていた。
トランプ大統領が、武漢の米国民を政府チャーター機で帰国させる意向を表明した時には、自国民を大事にするのは民主主義の基本だ、某国との違いは明らかだ、という趣旨の書き込みも散見された。
自国民を顧みない。
自国民を大事にしない。
これは武漢に限った話でも、感染症対策に限った話でもない。
中国共産党の一党独裁では、当たり前であり、むしろ標準的な光景なのである。
今回の中国による隠蔽体質を、端的に物語っている出来事と言ってよい。
より根本的な問題は、中国社会ではそうした光景が当たり前になっていて、それを正そうという動きが、なかなか起こらないことである。
一月になっても、武漢市の感染者は増え続けていた。
しかし市政府は、これを完全に黙殺した。
一月五日、市政府は、人から人への感染は確認していない、医療関係者の感染は確認されていない、と発表した。
一月十四日には、感染症の取材で訪れた複数の香港人記者を警察が一時拘束した。
撮影された写真は、強制的に削除させられた。
一月十七日には、市衛生保健委員会が、一月三日以降、新たな感染者は確認されていない、と発表した。
だが、既にその頃、武漢市のほとんどの病院には患者が殺到していた。
長蛇の列が病院の外まで続き、廊下にまで点滴を打つ患者があふれていた。
病院では、医師たちが必死に格闘していた。
だが、当局からは厳しく口止めされていた。
患者が咳が出ると訴えれば、咳止めを出す。
熱があると言えば、解熱剤を出す。
対症療法程度の対応しかできなかった。
一月は春節を迎える。
帰省に伴う国民の大移動がある。
多くの中国人が故郷に戻り、春節を過ごし、再び中国全土へ帰っていく。
これで感染が一気に拡大することは避けられなかった。
一月二十日、大きな転機が訪れた。
呼吸器の専門医である鐘南山氏が、テレビで感染の深刻さを語ったのである。
鐘氏は十七年前の二〇〇三年、重症急性呼吸器症候群、SARSが中国で猛威をふるった時の対策責任者だった。
SARSの時も、当時の中国政府は、今回と同様、情報を隠蔽し、その結果、対応が大幅に遅れていた。
広東省の医療機関に勤務していた鐘氏は、香港メディアなどを通じて感染が広がっていると警鐘を鳴らし、政府の対応を厳しく批判した。
国内外に大きな波紋が広がった。
しかし当時の胡錦濤政権は、今と違って鐘氏の警鐘に耳を傾け、事態の深刻さを認識した。
北京市長と衛生相などの担当高官が更迭され、鐘氏を対策チームのリーダーに登用した。
鐘氏は今回も、武漢で原因不明の肺炎が流行っていると知るや否や、すぐに専門家チームを率いて現地に入り、調査を始めた。
そして中央テレビを通じて、ヒトからヒトへの感染が認められた、感染のまん延は既に深刻な状態にある、と証言し、危機的な状況に警鐘を鳴らしたのである。
ところが、その後も中国政府の対応は、全くと言っていいほど変わらなかった。
一月二十三日午前十時から、当局は市内と外部とをつなぐ交通を遮断し、人口一千百万人を超える武漢市を事実上封鎖した。
それは中央の党指導部の思いつきに近く、地元指導者にとっても寝耳に水だった。
またしても、一般市民の生活は置き去りにされた。
重大問題の発生に、当初は全く対応しない。
事態が深刻になる。
すると今度は突然豹変して、強権を発動し、有無を言わせず国民生活に介入する。
これが中国共産党のやり方なのである。
しかも封鎖情報は事前に漏れてしまった。
封鎖の数時間前に情報を知った市民が、次々と武漢から抜け出そうとした。
駅や空港、高速道路には大勢の市民が殺到し、大混乱となった。
ある共産党幹部は、家族を連れ、未明に自動車で隣接する江西省の親戚の家に脱出した。
それをインターネットで得意げに公開したが、無責任にウイルスを拡散させた、逃げたということではないか、などと批判を浴びると、慌てて削除した。
武漢市長が記者会見で明らかにしたところでは、封鎖までに実に五百万人もの人が武漢を抜け出したという。
その人たちは、新たな感染源として中国全土に散ったことになる。
封鎖にあたり、物流面の準備や手当もきちんとなされていなかった。
市内は封鎖で物資が枯渇し、スーパーから食べ物が消えた。
病院は薬不足にあえぎ、霊安室だけでなく、待合室の脇にまで遺体が放置されるような惨状が生まれた。
いつまで待っても薬がもらえない。
治療が受けられない。
患者や家族が業を煮やし、医師に襲い掛かるような光景も見られた。
これが、習近平が率いる中国共産党一党独裁体制の現実である。
人民より国家体面。
人民より指導者の保身。
人民より党の都合。
今回の武漢ウイルスは、その本質を世界にさらけ出したのである。
この稿続く。

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