「強制連行」という後付けの物語はいかに形成されたのか――樺太訴訟、吉田清治証言、慰安婦問題、戦後補償をめぐる検証
サハリン残留韓国・朝鮮人帰還訴訟、いわゆる「樺太訴訟」と、吉田清治の証言、慰安婦訴訟、アジア女性基金は、どのようにつながっていたのか。
月刊誌『WiLL』に掲載された高山正之氏と大高未貴氏の対談を引用し、実際には自らサハリンへ渡った朝鮮人を「日本に強制連行された人々」と位置づけるため、吉田証言が利用されたとする見解を紹介する。
戦後補償をめぐる運動、旧社会党、弁護士、朝日新聞、NHKなどの役割を問い直した、2020年7月15日の再掲載版である。
2020-07-15
何が何でも、日本に「強制連行された」という後付けの理屈が必要でした。
そこで、強制連行の証言者として吉田氏が引っ張り出されたというわけです。
本稿は、2019年8月21日に発信した章について、誤字や段落などを修正したうえで再発信するものである。
その章は、「こういうロクデナシ達に東大で学んだ大越は、9時のニュースを司会していた時に、確信をもって強制連行はあったとコメントした」と題して、2019年5月13日に発信した章である。
さらにその原典は、「ユスリ・タカリ、日本中が嫌韓ウェーブ!! 呆韓国に知恵をつけた醜い反日日本人たち」と題して、2019年1月4日に発信した章である。
以下は、「ユスリ・タカリ、日本中が嫌韓ウェーブ!! 呆韓国に知恵をつけた醜い反日日本人たち」と題して、月刊誌『WiLL』前月号に掲載された、高山正之氏と大高未貴氏の対談特集記事からである。
日本国民全員と、世界中の人々が必読すべき対談である。
樺太訴訟、慰安婦、徴用工。
まるで日本が次々とカツアゲに遭っているかのような事態が続いてきた。
その背後には、日本国内の反日勢力が存在していたのではないか。
ひょっとすると、補償金をめぐる何らかの利益まで存在していたのではないか。
以下の引用部分は、高山正之氏と大高未貴氏による対談である。
*から*までの部分は、私の見解である。
利用された吉田清治
高山
おお、元ミス日本のご登場だ。
大高
お恥ずかしい(笑)。
高山
いえいえ、昔と変わらずお美しい。
早速だけど、大高さんは2017年、『父の謝罪碑を撤去します――慰安婦問題の原点「吉田清治」長男の独白』(産経新聞出版)で、吉田清治の生い立ちから虚偽証言に至る経緯を、余すところなく追及された。
大高
はい。
高山
今、韓国は徴用工判決で、またしても滅茶苦茶なことをやった。
大高
吉田清治氏は1983年、韓国・忠清南道天安市の「望郷の丘」に、強制連行を謝罪する碑を建てました。
除幕式では土下座していますが、その碑には慰安婦のことは書かれていません。
なぜなら、この時点では、慰安婦は問題になっていなかったからです。
目的は、サハリン関係者が朝鮮人強制連行を石碑に刻み、未来永劫、日本政府から金を引き出すための布石として、吉田証言を利用することだったのではないかと思います。
高山
そうなんだ。
では、かなり前から徴用工の存在は取り沙汰されていたんだ。
大高
ええ。
戦中から戦後にかけてサハリンに残された朝鮮人の扱いが問題にされたことが、その始まりだと思います。
高山
日本が朝鮮半島を統治していた時代、日本国籍を持つ朝鮮人が、日本人と一緒に労働者としてサハリンへ渡り、出稼ぎや徴用によって移住したのでしたね。
大高
吉田氏が済州島での慰安婦狩りを詳細に記した『私の戦争犯罪――朝鮮人強制連行』が出版される前年、吉田氏は講演会で慰安婦狩りについて語りました。
同じ年の9月と11月には、サハリン残留韓国・朝鮮人帰還訴訟、いわゆる「樺太訴訟」で二度にわたって法廷に立ちました。
一度目は、樺太における男性朝鮮人の狩り出しについて、二度目は、済州島における慰安婦狩りについて証言しています。
吉田氏と「樺太訴訟」がどのように結びつくのか、すぐには理解できない方もいると思います。
しかし、このあたりの事情を知らなければ、慰安婦問題の本質も見えてきません。
「樺太訴訟」は、旧社会党で、後に官房長官となった五十嵐広三氏らが関与し、韓国の慰安婦訴訟にも関わった高木健一弁護士が、原告弁護団の事務局長となって日本政府を相手に起こしたものです。
弁護団は、「日本は4万3,000人もの朝鮮人をサハリンに強制連行し、戦後、朝鮮人だけを置き去りにした。この責任を日本政府は取るべきだ」と主張しました。
しかし、在サハリン朝鮮人は、より良い報酬を求め、自ら渡ってきた人々でした。
それでは日本に補償責任が生じないため、何が何でも、日本に「強制連行された」という後付けの理屈が必要でした。
そこで、強制連行の証言者として吉田氏が引っ張り出されたというわけです。
高山
なるほど。
そんな関連があったんだ。
それで、朝日新聞がその証言を記事にしたわけだね。
「慰安婦」と「樺太」は通底している
大高
結果として、日本政府はサハリン残留韓国人帰還問題で、80億円以上を国庫から拠出しました。
なお、この「サハリン支援金」は、その後も払い続けられ、前年にも約1億円の予算がついています。
*この事実については、私と同様、ほとんどの日本国民が初めて知るはずである。*
そして、「樺太訴訟」が終結した2年後の1991年、今度は突如として慰安婦訴訟が始まりました。
村山内閣成立後の1995年に発足した「アジア女性基金」では、2007年の解散までに約48億円が国庫から拠出されています。
とにかく、樺太訴訟でも慰安婦問題でも、莫大な金が動きました。
この一連の訴訟の背景には、旧社会党など左翼勢力の資金源だった旧ソ連の弱体化と崩壊があります。
*公党である社会党にさえソ連の資金が入っていたことを考えれば、一民間企業である沖縄タイムスや琉球新報に、中国側の資金や影響が入っていないと断言することはできないだろう、というのが私の見解である。*
*尖閣諸島を奪取したい中国、沖縄を日本から分離させたい中国や朝鮮半島の勢力、そして、GHQによって押しつけられたと私が考える日本弱体化憲法を維持させたい勢力を考えれば、沖縄に対して工作活動が行われている可能性を看過するべきではない。*
*朝日新聞、毎日新聞、NHKなどの報道が、結果として、こうした主張や運動を後押ししてきたと私は考えている。*
*故・翁長雄志氏や一部の大学教授らは、沖縄県民は少数民族であるとの主張を世界へ発信してきたが、私はそれを事実に反する悪質な主張だと考える。*
*また、軍隊を持たない、攻撃しない、核兵器を持たないという日本の安全保障政策を固定化するため、沖縄の各界や各層に対して影響工作が行われている可能性も、検証されなければならない。*
*香港市民が自由と知性を奪われる瀬戸際に立たされた際、中国政府に関係するとされた900以上のアカウントやサイトが、フェイクニュースや情報工作に利用されたと報じられた。*
*中国が、自国に有利な世論を形成するための工作を重視している以上、本土から離れ、軍事戦略上も重要な沖縄に対して、何の活動も行っていないと考えることはできない。*
*日本を弱体化させ、アジア、さらには世界の覇権を目指す中国が、全国紙や沖縄の有力紙に影響を及ぼそうとしないはずがない、というのが私の考えである。*
*共産党の一党独裁政治においては、プロパガンダが極めて重要な役割を果たしている。*
*文化や芸術よりも権力、金銭、支配を優先し、日夜プロパガンダに明け暮れる体制であると私は批判している。*
大高
旧ソ連からの支援が望めなくなった人々が、戦後補償という利権に飛びつき、日本から金を引き出すことを思いついたのでしょう。
つまり慰安婦問題とは、「樺太訴訟」に関係した人々が、日本政府から戦後補償を引き出すため、次なる手段として用意したものではないか。
慰安婦問題はサハリン問題と通底しています。
吉田氏は、「戦後補償利権」に群がる人々から、都合よく利用されていたと言ってもよいでしょう。
ソ連がサハリンを実効支配した後、多くの朝鮮人が、そのまま残留することになりました。
それを日本政府の責任として作り上げるため、高木氏や、「アジア女性基金」の設立に関与した大沼保昭氏らが、「強制連行」という概念を用いて問題提起したのだと思います。
*こうした人々の主張を、東京大学で学んだ大越健介氏は、NHKの午後9時のニュースを担当していた当時、確信を込めて「強制連行はあった」とコメントしたのである。*
*私は、その報道姿勢を厳しく批判する。*
*また、NHKの組織体質や職員による不祥事、さらに池田恵理子氏らの活動についても、北朝鮮側の主張を結果的に代弁してきたのではないかという重大な疑問を持っている。*
高山
実際には、朝鮮人が自ら入植したはずでは。
大高
そうなんですよ。
1990年代に入ると、社会党議員は国会で執拗に強制徴用や慰安婦を取り上げ、無理に問題化しようとしていました。
当時の国会議事録を読めば一目瞭然です。
『サハリンの韓国人はなぜ帰れなかったのか』(草思社)の著者、新井佐和子氏によると、高木氏は当時、旧社会党の顧問弁護士だったそうです。
土井たか子氏の事務所が入っていたテナントビルに、弁護士事務所を構えていたともいいます。
朝日新聞の報復
高山
1990年代といえば、1991年、朝日新聞記者だった植村隆氏が、元慰安婦の金学順氏を取材しました。
そして、日中戦争や第二次世界大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人を相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人がソウル市内に生存していることが分かり、「韓国挺身隊問題対策協議会」が聞き取り作業を始めた、と記事にした。
あの記事だね。
一連の植村記事には捏造があると指摘した櫻井よしこ氏を、植村氏は名誉毀損で訴えていました。
しかし札幌地方裁判所は、植村氏の請求を棄却しました。
要するに、植村氏の敗訴です。
また、1992年には、中央大学名誉教授の吉見義明氏が、防衛庁防衛研究所図書館で閲覧した慰安婦に関する資料を、朝日新聞の辰濃哲郎記者にコピーして渡しました。
それが一面記事となりました。
この稿、続く。
再掲載にあたって
本稿の中心的な論点は、吉田清治氏の証言を単独の虚偽証言として捉えるだけでは、慰安婦問題の全体像は見えてこないということである。
大高未貴氏の見解によれば、吉田証言は、サハリン残留韓国・朝鮮人帰還訴訟において、日本政府の補償責任を成立させるための「強制連行」の証言として利用された。
そして「樺太訴訟」の終結後、同じ関係者や思想的背景を持つ人々によって、慰安婦訴訟や戦後補償を求める運動が展開されたという。
この見方に立てば、樺太訴訟、吉田証言、朝日新聞の報道、慰安婦訴訟、アジア女性基金は、それぞれ独立した出来事ではない。
日本政府から継続的に謝罪と補償を引き出すために、「強制連行」という物語が形成され、政治、司法、報道の各領域で拡大されたという、一連の構造として捉える必要がある。
本稿に引用した対談には、対談者による評価や推論が含まれている。
また、*から*までの記述は、私自身の見解と批判である。
それらを含めて検証し、戦後補償をめぐって何が事実であり、誰がどのような主張を展開し、その結果、日本国民の税金がどのように使われてきたのかを問い直すことが必要なのである。