傷ついた日本を見つめる天龍寺の春――悲しみを堪えて現れた尊氏殿
2011-4-30
我らが愛する日本が、これほどの痛みを受けたこと…体半分に耐え難い傷を受けた事を深く悲しんでいたようだった。
天龍寺の庭は、日本でも有数の庭だと私が感じている事は、読者の方は御存じの通り。
お堂の方から撮った方がピントが完璧に合う事も…この庭は、元々、お堂から眺める様に出来ている訳ですから。
ところが、昨日は、お坊さん方の正式な行事が有って、午後2時までは堂内は入場禁止だったから、仕方なく庭の方から廻った。
冬は、万両が私の恋人だったのですが、春の花々は明るく見事に咲き誇っていた。
ぐるりと一周して、帰ろうと思っていたのだが、同行者の専務が、もう一度、撮ったらどうかと庭に戻った。
その時に、尊氏殿が現れたのである。冬の時とは明らかに表情が違い、表現しようのない悲しみを堪えているかのようではないか。