フォーレとともに、二度とない京都の秋|二尊院・大覚寺・嵐山 2024 Kyoto’s Once-in-a-Lifetime Autumn with Fauré Nison-in, Daikaku-ji

2024年12月1日。
この日の京都・嵐山は、どこか一か所だけを選べるようなものではなかった。
二尊院、大覚寺・大沢池、そして嵐山のすべてが素晴らしかった。
だが、二尊院については、はっきり書いておかなければならない。
あの日の二尊院は、私の撮影史上最高だった。
紅葉が美しかった、という言葉だけでは足りない。
光と色彩と静寂が、長い時間を経て、ようやく一つの場所に集まったような光景だった。
もう一度、同じものを撮影してほしいと言われても、おそらく出来ないだろう。
それは撮影技術の問題ではない。
同じ光、同じ空気、同じ紅葉、同じ一日は、二度と訪れないからである。
大覚寺・大沢池の周囲を彩っていた紅葉もまた、私の撮影史上最高のものだった。
水辺に連なる木々の色彩は華やかでありながら、少しも騒がしくなかった。
水面と空と紅葉が、それぞれの境界を失い、晩秋の光の中で静かに一つになっていた。
私は、この日を誇張して語る必要がない。
写真が、すべてを語っているからである。
最高の光景を前にした時、写真家に出来ることは、それほど多くない。
余計なものを加えず、その瞬間に存在した光を、そのまま受け取るだけである。
この写真集に添える音楽を考えた時、私にはフォーレしかないと思えた。
色彩を煽ることなく、静寂の奥から祈りを立ち上げ、やがて光へと変えていく音楽。
この日の京都に在ったものと、フォーレの音楽に在るものは、同じ場所で出会っている。
最初は《ラシーヌ賛歌》。
人の声が、まだ名を持たない光のように静かに立ち上がり、写真の扉を開く。
そして最後は、《レクイエム》の「アニュス・デイ」から「イン・パラディスム」へ。
紅葉は燃えているのではない。
一つの季節を生き終え、光そのものになろうとしている。
「イン・パラディスム」が静かに消えていく時、この写真集も終わる。
だが、その時から、写真は見る人の記憶の中で、もう一度始まる。
これは、2024年12月1日に私が見た、京都の秋である。
そして、私が二度と出会えないかもしれない、一日の記録である。
【使用音楽・演奏者・曲順】
全曲 ガブリエル・フォーレ
1.《ラシーヌ賛歌》作品11
ケンブリッジ・シンガーズ
シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア
指揮:ジョン・ラター
2.《ピアノ三重奏曲 ニ短調》作品120―第2楽章「アンダンティーノ」
ボザール・トリオ
3.《エレジー ハ短調》作品24
チェロ:ジャクリーヌ・デュ・プレ
ピアノ:ジェラルド・ムーア
4.《夢のあとに》―《3つの歌》作品7より
チェロ:ミッシャ・マイスキー
ピアノ:ダリア・オヴォラ
5.《レクイエム》作品48―第5曲「アニュス・デイ」
アカデミー合唱団
アカデミー室内管弦楽団
オルガン:ジョン・バーチ
指揮:サー・ネヴィル・マリナー
6.《レクイエム》作品48―第7曲「イン・パラディスム(楽園にて)」
アカデミー合唱団
アカデミー室内管弦楽団
オルガン:ジョン・バーチ
指揮:サー・ネヴィル・マリナー
撮影・制作:MIKIO KISARA(木皿幹雄)

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