南京大虐殺「30万人」を否定した中国人女性たち――宋庚一は解雇、李田田は精神病棟へ、朝日新聞は沈黙
以下は、高山正之の最新刊『変見自在 安倍晋三を葬ったのは誰か』からである。
本書は、『週刊新潮』の高名な連載コラムを書籍化したシリーズの最新刊だが、原文にはさらに磨きがかけられ、より一層読みやすくなっている。
この一冊だけでも、彼はノーベル文学賞に値する。
日本国民のみならず、世界中の人たちが必読。
南京大虐殺のウソを見抜いた中国人女性たち(105頁)
南京大虐殺という大虚構は、中国人がつくり出したものだと言われている。
それは違う。
中国人は物真似は得意でも、こうした発想を生み出すには助けが必要だ。
いやいや、蒋介石が英国紙の特派員ハロルド・ティンパーリーに南京大虐殺を書かせたのだ。
それも違う。
彼は長い間、米国のオピニオン誌『アジア』で働いていた。
同誌はパール・バックの夫、リチャード・ウォルシュが所有し、反日宣伝を指揮する米国広報委員会(CPI)の庇護下にあった。
CPIは国務長官、陸軍長官、海軍長官、新聞業界の代表者らで構成され、中国へ派遣された米国新聞社の特派員や宣教師を使って反日宣伝を行った。
西安事件の際、宋美齢とともに現地へ飛んだ『ニューヨーク・ヘラルド』のウィリアム・ドナルドも、張学良を脅し、蒋介石を釈放させた人物の一人だった。
状況証拠しかないが、その時ドナルドは、「米国は蒋介石を選び、満州と蒙古を中国に与える。約束通り日本を討て」というフランクリン・D・ルーズベルト米大統領の意向を伝えた。
その後、蒋介石は盧溝橋事件を起こし、通州で日本人250人を虐殺し、ついには6万人の中国精鋭部隊に上海の日本租界を攻撃させた。
ルーズベルトの思惑通り、日本は中国との泥沼の戦争へ引きずり込まれ、戦線を南京、武漢へと拡大した。
ルーズベルトはCPIを使い、「邪悪な日本が善良な中国を侵略している」という宣伝工作を展開させた。
南京事件も、その材料として利用された。
米国新聞社の特派員たちは、そろって「人々が殺され、女性たちが強姦された」と報じた。
神の僕である宣教師マイナー・ベイツも、東京裁判で「多くの中国人が殺された」と虚偽の証言をした。
ろくな死に方はしなかっただろう。
しかし、米国で創作された南京大虐殺の物語は、あまりにも嘘臭かったため、中国人さえ関心を示さなかった。
その後、米国は広島と長崎に原子爆弾を投下した。
罪のない民間人20万人を殺した米国は、その対抗材料として南京大虐殺を再び持ち出す必要に迫られた。
まず朝日新聞が、司令部の発表として「南京市内では4週間に2万人が殺され、切断された肉片が散乱していた」と報じた(1945年12月8日)。
当時、現地にいた同社のカメラマンは、日本兵の傍らで笑顔を見せる市民や子供たちを撮影していた。
しかし、原爆投下と釣り合わせるには、2万人では少なすぎた。
そこで東京裁判の判決では、数字を一桁引き上げて20万人とした。
二発の原爆による非戦闘員の殺害と釣り合わせるためだった。
まともな学者なら、数字が一桁も増えたことに首を傾げるはずだが、多くの者はそうしなかった。
一橋大学の藤原彰や都留文科大学の笠原十九司は、20万人説を積極的に支持した。
もちろん藤原は、朝日新聞が持ち込んだ煙幕写真について、コメディアンの志村けんを思わせる調子で、「そうだ。これは日本軍の毒ガスだ」と解説した。
それによって、この教授が嘘つきであることが露呈した。
笠原もまた、日本軍に保護されて帰宅する女性たちを写した『アサヒグラフ』の写真を借用し、「江南の女性たちは日本軍に拉致された」「強姦され、殺された」と書いた。
彼もまた、平然と嘘をつく。
ところがODAを欲しがった江沢民は、数字を「30万人」に増やし、南京の記念館に「30万人」という文字を掲げた。
信じ難いことに、上海震旦職業学院の教師、宋庚一は最近、授業でこれに疑問を呈した。
彼女は、「30万人を裏付ける資料は存在しない。日本を憎み続けるべきではない」と語った。
南京事件も、その数字も虚構であると教えたのである。
一人の女子学生がそれを隠し撮りしてインターネット上に公開すると、彼女は直ちに「解雇」された(人民日報)。
騒動はさらに続いた。
宋庚一の境遇を案じた湖南省の教師、李田田は、SNSを通じて彼女の主張への支持を表明し、密告した学生を処分するよう求めた。
すると当局者が乗り込み、李田田を拘束し、「家族の同意を得て」(読売新聞)、精神病棟へ放り込んだ。
驚いたことに、中国にも立派な女性たちがいた。
これに対して、南京大虐殺を宣伝してきた朝日新聞は、彼女たちについて一度も報じなかった。
それどころか、藤原彰の愛弟子である吉田裕を登場させ、従来からの自虐史観を改めて強調した。
それでも新聞を名乗るのか。
(2022年4月14日)
