藤原正彦氏が問い直す日本人の道徳――正直、誠実、惻隠、そして「まっすぐに生きる」ということ

2024-01-08
私は、産経新聞と日経新聞を購読しているのだが、最近は、あまり新聞を読まなくなった。
理由は言うまでもないだろう。
だが、昨日1月7日の産経新聞に掲載された藤原正彦氏の論文を読んだ人たちは、皆、最後の個所に感動したはずである。
私は、藤原正彦氏が、高橋洋一氏の同窓生…東大理学部数学科卒業である事も初めて知った。
見出し以外の文中強調は私。

藤原正彦 数学者 お茶の水女子大学名誉教授

前文略。
日本人の道徳について古くは三世紀の「魏志倭人伝」に、「盗みや訴訟をせず礼儀正しい」と記されている。
16世紀に布教に来たザビエルは、「礼節や名誉を尊ぶ」と書いたし、18世紀に長崎出島に来たスウェーデン人医師ツェンべリーは、「率直にして公正、正直にして誠実、勇敢にして不屈」と記した。
幕末に日米修好通商条約を結び6年近く日本に滞在した米外交官タウンゼント・ハリスはこう記した。
「この国には一見したところ富者も貧者もいない。人民の本当の幸福の姿とはこういうものだろう。私は時々、日本を開国させ外国の影響にさらすことが、果たして彼等をより幸福にするかどうか、疑ってしまう。日本は世界中のどの国とも違い、質素と正直の黄金時代にあるからである」。
日本は世界のどの国とも異質の、高貴な国だったのである。 
ハリスの懸念した通り、日本は間もなく帝国主義の波に巻き込まれ、いくつもの戦争を経て、ついに国土は焼け野原と化し、貧者ばかりの国となった。それでも道徳の方はさほど大きく傷つけられずにすんだ。
ところが、戦後のGHQによる罪意識扶植計画にはやられた。
彼等は、日本の歴史や古くからの美徳や伝統や価値観を巧妙かつ大がかりに否定した。
日本が二度と、立ち上がってアメリカに歯向かうことのないよう、祖国愛を根こそぎにしようとしたのである。
代わりにアメリカが盲信する自由、平等、民主主義を植えつけた。
歴史上初めての敗戦で虚脱の中にいた日本人は、これらとGHQが一週間余りで作った新憲法こそが、平和と繁栄への道と押し戴いた。 
冷戦後の1990年代半ばから入ってきたグローバリズム(新自由主義)は日本人の道徳にさらなる追い打ちをかけた。
金融ビッグバン、新会計基準、市場原理、規制緩和、小さな政府、官叩き、地方分権、民営化、大店法、構造改革、リストラ、ペイオフ、郵政改革、緊縮財政、消費増税、株主中心主義、と矢継ぎ早に登場した。
すべてアメリカが日本に強要したものであった。
大災害とかバブル崩壊などの惨事につけこみ、新自由主義を拡大するショツク・ドクトリンであった。 
新自由主義とは規制をなくし「皆が公平に戦おう」というものである。
一見合理的な話だから政治家、官僚、経済界、アメリカ帰りのエコノミスト達、そして独自の見解を持たず彼等に盲従するばかりのメディアが強力にこれを支持した。
国民も「これからはグローバリズムの時代、バスに乗り遅れるな」の標語につられて、これに飛びついた。
その結果、成果主義が生まれ、弱肉強食の競争社会となり、一億総中流社会と言われた社会が少数の勝者と大勢の敗者に分断され、歴史的に世界で最も金銭崇拝から遠かった我が国が、金銭至上主義となった。
正直や誠実は隅に追いやられ、人々のやさしさ、穏やかさ、思いやり、卑怯を憎む心、他者への深い共感など、日本を日本たらしめてきた誇るべき情緒、そして行動規範となる形は忘れられた。

GHQ、反日、グローバリズム
明治の文明開化以来、西洋からの新しい思潮にすぐに飛びつくという悪弊が生まれた。
帝国主義、マルキシズム、ファシズム、そして戦後は、原爆投下という大罪を犯したアメリカの自己正当化にすぎないGHQ史観に他愛なく染まり、反日史観にとりつかれ、グローバリズムに流されている。 
こうなることを予想していたのか、福沢諭吉は前掲書でこんな趣旨のことを言った。
「数百年にわたり一国で行われてきた習慣は、簡単に改めてはいけない。改めるには千思万慮、歳月を積まねばならない」。
制度や慣習や道徳などには、祖先の叡智が巨大な山のごとく堆積しているという理由からである。 
明治になり武士が不要となったのは仕方がないが、慈愛、誠実、惻隠(弱者への涙)、勇気、卑怯を憎む、などを主とする武士道精神までが衰微したのは大きかった。
日本人は形を失ったのである。
哲学者の唐木順三は「現代史への試み」でこんな趣旨のことを述べた。
「基盤となる形を持たない個性は新しい思潮に常に圧倒される」。
明治以降、日本人が外国からの思潮に深い省察なしに飛びつき、日本人らしさを失っていった背景にはこれがあったのだ。 
家庭と学校で、古くからあった日本人の情緒と形を育むことが、日本の迷走を食い止める唯一の根本策である。
小学校で英語やパソコンにうつつを抜かしているヒマはない。 
私は高校一年の頃、宮沢賢治の「永訣の朝」を読んで心を揺さぶられた。
「けふのうちにとほくへいってしまふわたくしのいもうとよ」で始まる詩である。 
死の床にある二十四歳の妹とし子が高熱であえぎながら、庭の松の枝から雪をとって来て食べさせてほしいと言う。
賢治が、二人が慣れ親しんだ茶碗に入れてその雪を食べさせると、妹は「生まれ変わったら自分のためでなく他人のためにも苦しむ人間に生まれてきたい」と言って息を引き取った。
賢治は、「わたくしのけなけないもうとよ わたくしもまつすぐにすすんでいくから」と誓うのだった。 
この詩を読んで感動した私は、自分もこれからはまっすぐに生きていこう、何が何でもまっすぐに、と自らに強く言い聞かせた。
一篇の詩との出会いが私の指針となった。

2024/1/5 in Kyoto

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