人類史上最高建築の一つ、大屋根リング――万博を覆う壮大な夕日、698枚の写真とカラヤン&ウィーン・フィル《新世界より》

2025年7月25日、7月28日、8月16日、9月2日、9月8日。
私は五日間にわたって大阪・関西万博を歩き、そこで出会った光景を698枚の写真に収めた。
作品の主軸となるのは、人類史上最高の建築の一つと言っても全く過言ではない大屋根リングから眺めた、午後、夕刻、そして夜の万博会場である。
同じ大屋根リングから眺めた光景でありながら、空の色も、光の角度も、雲の形も、海の表情も、会場を歩く人々も、刻々と姿を変えていく。
午後の強い光に照らされた万博会場。
夕刻の光に包まれ、次第に影を深くしていくパビリオン。
無数の光が灯り、昼間とは全く異なる世界へと変貌する夜の万博。
そして、まるで原爆のような巨大で凄烈な夕日が、万博会場のすべてを覆う。
空と海と建築と人々が、その圧倒的な光の中で一つになる。
それは単なる夕景ではない。
自然と建築と人間が、二度と繰り返されることのない一瞬に出会った、壮大な光景である。
私は五日間に撮影した698枚の写真を、ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》の各楽章の展開に合わせて交互に挿入した。
音楽は、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏である。
全編、46分余り。
これは、単なる写真の連続でも、万博会場の記録映像でもない。
698枚の写真と、ドヴォルザーク、カラヤン、ウィーン・フィル、そして藤本壮介の大屋根リングが一つになって生み出した、時間と光と空間の作品である。
この作品の中心に存在するのが、建築家・藤本壮介が生み出した大阪・関西万博の大屋根リングである。
大屋根リングは、人類史上最高の建築の一つと言っても全く過言ではない。
この建築を語るとき、藤本壮介という一人の天才の名を抜きにすることはできない。
私はこれまで、藤本壮介に最高の敬意を抱き、その類いまれな才能を称賛してきた。
大屋根リングは、藤本壮介という一人の天才に宿った閃きが、日本国が長い歴史の中で受け継いできた木造建築の伝統、日本人の知性、技術力、美意識、そして精緻な施工能力と結び付き、現実の姿に結晶した建築である。
それは単なる巨大な回廊でも、雨や日差しを避けるための会場設備でもない。
日本の伝統と現代の建築技術、そして藤本壮介の独創的な構想が一体となって誕生した、壮大な芸術作品である。
世界各国のパビリオンを巨大な円環の内側に抱き、異なる国、文化、宗教、思想を、一つの空の下に結び付けている。
分断ではなく共存を、対立ではなく調和を、理念や標語ではなく、建築そのものによって表現している。
その上を歩けば、空と海と万博会場が一つの巨大な風景となって眼前に広がる。
その下に立てば、無数の木材が組み上げられた圧倒的な構造と、日本人の知性、技術、美意識の高さに息をのむ。
これほど美しく、巨大で、それでいて人間を優しく包み込む建築を実現できたのは、日本だったからである。
実際、万博に関わった諸外国の関係者たちも、これは日本だからこそ実現できた建築であると感嘆していた。
藤本壮介の天才的な閃きと、日本国の伝統、日本人の技術力と施工能力が一つになって初めて、大屋根リングは現実の建築となったのである。
大屋根リングは、大阪・関西万博の象徴であるだけではない。
それは、藤本壮介と日本が世界に示した、文明史に残る一つの頂点である。
カラヤンの巨大な構想力と、ウィーン・フィルの弦楽器が生み出す比類のない美しさ。
大地の底から湧き上がるような低弦。
空を切り開く金管。
遠い故郷への思いを歌う木管。
一つ一つの音が、静止しているはずの写真に呼吸と運動と生命を与えていく。
第一楽章から終楽章まで、音楽の表情が変わるたびに、五日間に撮影された光景も時を越えて交互に現れる。
異なる日付、異なる光、異なる時間が、ドヴォルザークの音楽の中で出会い、離れ、再び出会う。
大屋根リングは、午後の光を受け、夕日によって燃え上がり、夜の闇の中で光の円環となる。
楽章が進むごとに、その巨大な建築は全く異なる表情を見せる。
ドヴォルザークがアメリカという「新世界」で聴き取ったものは、見知らぬ土地への驚きだけではなかった。
故郷への思い、人間の孤独、新しい時代への希望、そして世界が本来持っている限りない広さと美しさである。
その音楽が130年以上の時を超え、カラヤンとウィーン・フィルの演奏を通して、2025年の大阪・関西万博と出会う。
世界各国の文化と技術、建築と思想が集まった会場。
そこを歩く人々。
巨大な建築の間を移ろう光。
空と海に映し出される未来。
そして、すべてを一つの円環に抱く藤本壮介の大屋根リング。
それらが《新世界より》の壮大な響きによって、一日の記録を超え、日本と世界の現在と未来を映し出す光景へと変わっていく。
写真は一瞬を止める。
しかし、音楽はその一瞬を永遠へと運んでいく。
そして《新世界より》の最後の音が消えた後も、写真は続く。
作品の最後は写真だけの世界となる。
カラヤンとウィーン・フィルの音楽が去った後に残る静けさの中で、写真そのものが語り始める。
そこには説明も、言葉も必要ない。
五日間を歩き、見つめ、撮影した光景だけが残る。
最後の写真が消えたとき、音楽と映像によって生まれた世界は、見る人の記憶の中へ移っていく。
万博を訪れた方には、あの日の光と空気をもう一度取り戻すための46分である。
訪れることのできなかった方には、698枚の写真と《新世界より》によって、大阪・関西万博を歩くための46分である。
そして世界中の人々にとっては、日本が生み出した大屋根リングと、世界が集った大阪・関西万博の午後、夕刻、夜を目撃するための46分である。
この壮大な写真集を、世界中のできる限り多くの人たちに視聴していただきたい。
カラヤンとウィーン・フィルの最後の響きが静寂へ帰り、最後の写真が画面から消えるとき、きっと心の中に一つの思いが残るはずである。
この世界は、まだ美しい。
そして日本には、藤本壮介の大屋根リングのような、人類史上に残る新しい世界を創り出す力がある。
撮影日:2025年7月25日、7月28日、8月16日、9月2日、9月8日
撮影場所:大阪・関西万博
写真:698枚
映像時間:46分余り
音楽:アントニン・ドヴォルザーク/交響曲第9番 ホ短調 作品95《新世界より》
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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