人民元政策の矛盾と「灰色収入」が広げる格差――2010年、中国経済に迫る逆風

2010-11-2
以下は、前章の続きである。
つまり、当時、私が定期購読していた週刊朝日に掲載された中国の実態を伝える記事の続きである。
支出増は冒頭で紹介したインフレだ。
比例して給料が増えればいいが、そうとも限らない。
たとえばタクシー業界では、「公共料金」と受け止められている料金の値上げもままならず、ストライキが頻発しているそうだ。
収入減どころか失業率は経済成長にもかかわらず、ほぼ横ばいで推移している。
そして若者の就職難も無視できない。
この10年ほどで年間の大学卒業者数は4倍に増え、希望が集中する事務職に就くのがいっそう厳しくなったとされる。
温家宝首相は今年3月、「中国の失業者は2億人」と発言したと報じられた。
農村で、作業が効率化されて1人あたりの耕作面積が世界的な平均水準にまで広がった場合に生じる「潜在的失業者」の数だという。
この半面、沿海部にある外資系企業の経営陣など改革開放の恩恵を十分に受けた層もあり、地域や職種による格差は拡大した。
ある中国の著名エコノミストは、都市部の収入格差は中国政府の公式発表である9・2倍ではなく28・9倍だとする論文を発表した。
この違いは、公務員や国有企業の幹部などが得る合法とも非合法ともつかない「灰色収入」のせいだという。
前出の研究者によると、灰色収入には、公務員が許認可権を握る業界から受け取る盆暮れの祝い金などがある。
1件あたり200~300元(約2400~3600円)は「黙認」され、合計すれば年間の給料収入と同じ規模に達することもあるそうだ。
先のエコノミストは、灰色収入は08年、総額5兆3千億元(約66兆円)にのぼり、灰色収入を含む、統計から抜け落ちた収入の8割以上を都市部の収入上位2割の層が受け取ったとしている。
「格差の拡大に灰色収入が一役買い、しかもインフレときては、低所得層が不満を募らせないれけがありません」
(別の研究者)
そもそもこのインフレを 「人災」とする見方もある。
「中国の通貨・人民元の相場を適正水準よりも安く抑えていることが、中国国内にインフレ圧力を加えたのは間違いありません」(横浜国立大学の佐藤清隆教授)
人民元の相場は米ドルに対して、中国人民銀行が毎朝発表する基準値を中心に1日最大0.5%変動する仕組みだ。
05年7月から徐々に元高に振れてきたが、08年夏以降は1ドル=6・8元台で事実上固定されていた(上のグラフ)。
一般的に経済への安心感が強いほど、その国の通貨が買われて高くなっていく。
中国の経済成長とともに元高になっていないのは、人民銀行が巨額の「元売り・ドル買い」の市場介入をして、人民元を高くしないようにがんばったからだ。
米国債の価値が大きく「目減り」
経済産業研究所の研究メンバーである佐藤教授、清水順子・専修大学准教授らが米中双方の輸出製品の価格競争力が等しくなるように推計したところ、人民元の適正な水準は08年の時点で、00年と比べて65・3%高い。
1ドル=4・1元程度になる計算で、現実と比べれば1ドルあたり2・7元ほど安いことになる。
このレートが実現していれば、08年末段階で世界最大の保有国である中国の米国債の価値は2873億ドル(約25兆円)も目減りしたことになる。
中国の米国債保有額は今年8月末時点で、08年末よりも2割近く増えている。
そのうえ円をはじめ世界的にドル安が進んだのだから、人民元が適正水準になれば「含み損」はふくらむはずだ。
ドル安は人民元次第で中国の外貨資産にも大きな被害を及ぼすわけだ。
人民銀行は今年6月、「人民元為替レートの弾力性を強める」との声明を発表し、元高に向かいつつある。
といっても、「中国人は漢方医学を好む」(周小川・人民銀行総裁)と、上昇ぺースは非常に緩やかだ。
「85年のプラザ合意後、日本は急激な円高による不況に苦しめられました。
中国は、この再現を警戒しています」(清水准教授)
こんな見方もある。
「あまりに急激な元高は、輸出の足を引っ張って国内景気が悪化するだけではなく、米国債をはじめ外貨資産の8割を持つ政府が大きな損失を被ることになります。
政府の一機関である人民銀行にとっては政治的にマイナスで、避けたいところです」
(前出の研究者)
いずれにしても、ドル安傾向が続けば、人民元が割安ならばインフレから抜け出せず、急いで切り上げれば景気が腰折れしかねない。
どちらを選んでも、中国経済には「逆風」だ。
そんななかで、習近平国家副主席が次の最高指導者になることが確実となった。
父は文化大革命で失脚した元副首相で、夫人は軍に所属する国民的歌手。
自身も地方行政に25年間携わったほか、共産党中央軍事委員会の事務局にあたる部署に勤務したことがある。
「地方の実情に明るく、大衆に近い存在だという評価があります」
(慶応義塾大学の加茂具樹准教授)
12年にトップに就くとされる習氏の最大の仕事は格差の是正だ。
だが、「今後、景気が減速局面を迎えることから経済成長を重視し、格差是正が多少遅くなるケースがあるかも」
(みずほ総合研究所の鈴木貴元・上席主任研究員)
厳しい環境の中で、習氏は、中国経済の「崩壊」を阻止できるのか。
本誌・江畠俊彦

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください