ヨーコ・オノと日本の寂しさ:国を憂う声なき富豪たち
著者は「国やマスコミの過ちを糾すために大金を投じる人間が今の日本にいるのか」と自問し、9.11後にヨーコ・オノが米国紙に掲載した意見広告を想起。もし日本にそのような行動を取る人が一人もいないなら、それは国の貧しさを示す寂しい現実だと嘆く。
筆者は、日本の富裕層の中に、自身の私財を投じてでも、国や社会の過ちを正そうとする人がいないことに深い寂しさを感じている。アメリカ同時多発テロ事件の後、ヨーコ・オノが新聞に掲載した「Imagine」の歌詞を引用した意見広告の事例を挙げ、このような行動こそが真に社会を憂う者の姿だと主張する。日本の富豪たちが、自らの財力を使って社会に警鐘を鳴らす勇気を持たない現状を嘆き、この国には真の言論の自由が存在しないのではないか、と問いかける。
突然、ヨーコ・オノを想った。
2010年07月31日
所用で事務所に寄った帰り道、ふと思った。
今の日本に3,500万円のお金を掛けて、国やマスコミの過ちを糾す、そんな人間は一人も居ないのかな、と。
もし、そういう面でも僕が1億2千万人の、ただ一人だとしたら、寂しいな、これは全く良い事じゃないな、と。
読者諸兄の中には、9.11の後に、ヨーコ・オノがワシントン・ポストかニューヨーク・タイムズの全段をぶち抜いて♪Imagin♪の、或る歌詞を、空白の中に書いて、掲載した、
意見広告を見た事が有る人がいると思う。
私たちの国の中に、今が盛りの人、或いは、ヨーコ・オノ以上の大金持ちの人に、
その様な事を成す人が、若し一人も居ないとしたら寂しいな、と。