ダモクレスの剣と、現代のリーダーシップの試練。

2011年3月18日、消防庁の特殊消防車が福島第一原発に投入される報道を契機に、人類史上最大級の危機を「ダモクレスの剣」に例え、勇敢な自衛隊員やボランティアへの祈りを記す。同時に、無策と責任転嫁を繰り返す政権やメディアを批判し、歴史的人物の名を借りて真の政治家像を問い直す。

2011年3月18日、筆者は消防庁の特殊消防車の現地到着を報じ、国内外からの支援と、命を賭して活動する人々の英雄的行動に感銘を受ける。政治家やメディアの無責任な行動を「ダモクレスの剣」の逸話になぞらえ、国民に責任を転嫁する彼らの姿勢を厳しく批判する。真のリーダーシップとは何かを問いかけ、命を顧みず行動する人々こそが、この国の英雄であると訴えかける。

今、ニュース・ステーションから流れている南相馬市小野田病院院長の声だって
2011-03-18

看護師等の、人間の数が、圧倒的に足りないと言っているというのに。
物品は、今日、何とかかんとか一応やっと手に入ったが…。
幹事長、貴方の耳に届いていないだけで、…日本国民には届いていて、日本中の老若男女の人たちが心を痛めているのです…
あの状態で頑張っているのだから、わたし達も頑張ろう、或いは辛抱しよう…彼らの忍耐を思えば、辛抱できる、と。

そんなわたし達は、民主党員の半分で強引に作った、貴方がた片肺内閣の人間達から、入れ替わり、立ち代わり、説教まがいの事など聞きたくない事も分からない鈍感、驚くべきほどの想像力の欠如。
今は、貴方がたに言っても仕方がない…こんな未曾有の天変地異が起きた時に、貴方がたの政権で在った事に、言及している暇もない程、悲しみと、痛みと、苦しみと、既に一瞬にして何もかも失った諦念と我慢、
万々一の事が起きた場合、一瞬にして全てを失うであろう不安に、ひたすら耐えている国民の気持ちが、貴方がたに見える事は、永遠にないであろうと私は思う。

それは、元々、反民主主義的なものに与して権力の座に着いた貴方がたは、永遠に、高貴なるものとは無縁の存在だからなのです。
だからこそ、当然な批判を向けられると見当違いな誰か…一部の不心得者だとか…貴方がたは、安全な場所、官邸やetcにいて…自分達の組織に問題が在る事を棚に上げて、…
今、実態は、多数の社員が決死の覚悟で…さっきニュース・ステーションが伝えていた様に、家族との連絡も殆ど絶って、作業を続けている東電の人間を、社長を呼べだとか、俺を誰だと思っているんだ、だとか言っているだけの貴方がた。

国民が聞きたい事、知りたい事は、単純な事である事も分からない。
自分の権力維持に汲々している人間に特徴的な現れ。
わたし達が知りたい事を、今日の日経夕刊で、米原子力規制委員会(NRC)は伝えている…
福島第一原発事故の解決には数週間かかる可能性があるとの見方を示唆した、と。

20年超続いた有り様の、テレビの前で喋る、目立つ事を政治と考えて来た人には、物資の配送日程であれ、何であれ、…道筋を示す、日程を伝えるという単純なことも出来ない。
足りない己を取りつくろう事で頭が一杯だからだろうが。

それは、どんな分野であれ、真の一流でない者、或いは、実は、本物ではない者に共通する有様。

大体が、元々、たった29人だけの集団が…
執行部の構成員であるような政権だった時に、今回の事が起きた不運も国民は、今は耐え忍んでいるのだ。…様々な無念を、皆、しまい込んで。
29人しか集められない政治家の器量で、何度も言うが、実質的には世界第二の超経済大国である、1.2億人の国民を治められる訳はないのだから。

テレビに出ている訳でもない、アクセスを増やす手だてを講じている訳でもない…更に、読者の方は、ご存じの通りの、無念な思いから、愛着を持っていた響きの本名で登場しているわけでもなく、この様な文章を書き続けている私ですら…それが自分の使命だったからだが…
昨日、1日で、アメーバ、goo,FC2の三つのサイト合計で、1,000人超の読者の方が、3,000回以上のアクセスをしてくれているというのに。

この事については、私は本当に感謝しなければならない…
一昨日は、母親に。…
そして今朝は、読者の皆さま方に、「Kisara、或いは、Mikio、書き続けろ、書いて、書いて書いてくれ」と鞭撻されたからだ。
完全なリタイアを達成し、ひたすら書き出すまでは、…
世間的な生活には、誰にでも様々な事が起き、筆が止まることもあるものだから…有難かったです。

第19回ABCフレッシュ・コンサート…こんな素晴らしい物を真夜中にしかやれないテレビではあるのだが。
何故か、2時半過ぎに目を覚ました。
お風呂に入らずに眠ったせいだろう…花粉で皮膚が敏感になっていたようで、何度か足をボリボリ掻いていた…
こんな時に限って、爪が滑らかでないもの…早すぎる時間だがスパッと起きる事にして、お風呂に入った。
浴室のテレビにスイッチを入れたら、松本紘華ちゃんという15歳の少女…と言っても、もう十分な大人の雰囲気も漂わせていたので、聴いている時は、正確な年齢は分からなかったが。
最初は、こんな時間にお風呂に入りながら、こんな素晴らしい映像が観れ、聴けるなんて、と。
その後である。
すっかり忘れていた事に気が付いた…白浜で起きた全く予想外の出来事…人生、初めての大怪我だった左足の踵骨折…車椅子&自宅療養を余儀なくされた3カ月…
この時に、私の使命としての本…当初の題名は、「A Hesitation Of The General MacArthur」は、完璧に脳裏に出来上がった。
と同時に、47回も行ったハワイが芥川の頭脳に結実した本…これは間違いなくベストセラーになりますが。
それと、これもまた書き上げたら、直ぐに英訳して、ハリウッドに売って上げようと思った、もうひとつの本…これもベストセラーになる可能性大。
これら3冊の本が、極端に言えば、一瞬にして脳裏に出来上がってもいたから、余計に。
もう書くべき時はとうに来ている事に、嫌と言うほど気づいていた私に、とても親しくしていた大手不動産会社のマネージャーが、ちょっとした取引のお礼の意味もあったのでしょうが、同社が毎年主催しているクリスマスコンサートの切符をくれた。
「Kisaraさんは、音楽も好きでしょう」と。
或る有名女流バイオリニストがメインの演奏会だった。
場所がシンフォニー・ホールだったことが背中を押して専務と一緒に行った時、使命としての本の題名を変えようと思った程の啓示が在った。
「ストラディバリウス」、その事をすっかり忘れていた事に気づいたのです。
先日の、秋山駿氏の名著「信長」の突然の出現といい、何かが背中を押してくれる、と言う訳ではなく、前進を開始したら、物事は、必ず前に進んでゆくものと言う見本。
その「ストラディバリウス」は、全く、予想もしなかった…ねっと上で書き出した上に、全然違う形のものとなって、「文明のターンテーブル」、第一章が書かれ出した。
私は、それはそれで良いと思っている。
それが21世紀なのだろうし…そう、まさに、これこそ、21世紀の、「戦争と平和」だと。

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