「政治的リーダーと文化」 ― 総合的知識人の再生をめざす論集

今日の、新聞読書欄に於ける白眉はこれ。「政治的リーダーと文化」筒井清忠編著…日経21面から。
2011年07月31日
つつい・きよただ 48年生まれ。帝京大文学部教授。専門は歴史社会学。著書に『西條八十』(読売文学賞)など。
(千倉書房・2300円)

総合的知識人の再生めざす論集

優れた編集力が生み出した書物である。政治も文化も人間の総合的な営みだろうから、両者の接点は多いはずなのに、このような本は、かつてなかった。
いくつもの接点をめぐり、苅部直、村田晃嗣、細谷雄一各氏ら、手だれの筆者たちが肩の力を抜いて書いた12の論文が並ぶ。編著者の筒井氏が総括する形で日本の知的劣化への危機感を語る。

筒井氏によれば、従来、知識人には①主に大学で専門研究に従事する専門知識人②テレビによく出るタレント文化人③活字媒体で活躍する総合的知識人--があった。が、いまや大学の専門人とタレント文化人しかいなくなった。

教養主義が勢いを失い、論壇誌が部数を減らし、総合的知識人が姿を消していったためだ。だから本書の狙いは、総合的知識人の再生にある、と筒井氏は書く。本書の筆者たちは、その候補者なのだろう。当然、それぞれの文章には教養主義が薫る。

苅部氏は、明治期にいまの「教育」の意味で使った「教養」を「政冶的教養」を説きながら語る。難しくはないが、深い。

村田氏は、収治指導者が登場する日米両国の映画を丹念に調べたユニークな一文を書いた。

英国外交を専門とする細谷氏は、保守党のイーデン、労働党のベヴィンのふたりの外相を描き、貴族の教養と労働者の教養を巧みな筆裁きで浮かび上がらせる。

久保文明氏は、米国のシンクタンクを歴史的にたどり、現代の米国政治の見方を教える。

秀作群のなかで、最も斬新な切り口を感じさせたのが奈良岡聴智氏の「近代日本政治と『別荘』」である。かつて「政界の奥座敷」と呼ばれた大磯をめぐる物語だ。中心にいるのは伊藤博文であり、西園寺公望、原敬、加藤高明、大隈重信、山県有朋、陸奥宗光らもここに別荘を構えた。

そこで語られる政治は、現代の政治家たちがホテルの会合で語る政治と同じではなかったろう。いま日本社会には別荘政治のような余裕はない。

総合的知識人が消えたのも、知的エリートの基盤となる高等遊民を抱える余裕が社会から消えてしまったからだろうか。

特別編集委員 伊奈久喜

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA